・・・草蓬々の広い廃園を眺めながら、私は離れの一室に坐って、めっきり笑を失っていた。私は、再び死ぬつもりでいた。きざと言えば、きざである。いい気なものであった。私は、やはり、人生をドラマと見做していた。いや、ドラマを人生と見做していた。けれども人・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・草蓬々の広い廃園を眺めながら、私は離れの一室に坐って、めっきり笑を失っていた。私は、再び死ぬつもりでいた。きざと言えば、きざである。いい気なものであった。私は、やはり、人生をドラマと見做していた。いや、ドラマを人生と見做していた。もう今は、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・草ぼうぼうの廃園は、きらいでない。「しかし、これくらいの庭でも、」と兄は、ひとりごとのように低く言いつづける。「いつも綺麗にして置こうと思えば、庭師を一日もかかさず入れていなければならない。それにまた、庭木の雪がこいが、たいへんだ。」・・・ 太宰治 「庭」
・・・また雑草の林立した廃園を思わせる。蟻のような人間、昆虫のような自動車が生命の営みにせわしそうである。 高い建物の出現するのははなはだ突然である。打ち出の小槌かアラディンのランプの魔法の力で思いもよらぬ所にひょいひょいと大きなビルディング・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・平生わたくし達は心窃にこの事を悲しんでいるので、ここに前時代の遺址たる菊塢が廃園の如何を論じようという心にはなろう筈がない。これが保存の法と恢復の策とを講ずる如きは時代の趨勢に反した事業であるのみならず、又既に其時を逸している。わたくし達は・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・ 私は自分を、静かな夜の中に昔栄えた廃園に、足を草に抱かれて立つ名工の手になった立像の様にも思い、 この霧もこの月も又この星の光りさえも、此の中に私と云うものが一人居るばっかりにつくりなされたものの様にも思う。 身は霧の中にただ・・・ 宮本百合子 「秋霧」
・・・間に小さく故工学博士渡辺 渡邸を挾んで、田端に降る小路越しは、すぐ又松平誰かの何万坪かある廃園になって居た。家の側もすぐ隣は相当な植木屋つづきの有様であった。裏は、人力車一台やっと通る細道が曲りくねって、真田男爵のこわい竹藪、藤堂伯爵の樫の・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・遠くには大勢の人気のある、しかもそこだけには廃園の趣があって優美な詩趣に溢れていた。わたしは自分の隅としてそこを愛し、謂わばその隅で生長したのであった。 日本女子大学の英文科予科に一学期ほどいたことがある。ここの学校でも心に刻まれて・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・何でも松平さんの持地だそうであったが、こちらの方は、からりとした枯草が冬日に照らされて、梅がちらほら咲いている廃園の風情が通りすがりにも一寸そこへ入って陽の匂う草の上に坐って見たい気持をおこさせた。 杉林や空地はどれも路の右側を占めてい・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・からたちの垣がくずれているところから草の茂った廃園が見え、奥の方に丘があってその上に茶室めいたつくりの小さい家が白く障子をしめて建っているのなどもわかった。からたちの垣に白い花が咲くころ、柔かくゆたかな青草が深くしげったその廃園の趣は、昔、・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
出典:青空文庫