・・・このような特殊な場合だけ考えると、実際世間で純粋な芸術が人倫に廃頽的効果を与えるといって攻撃する人たちのいう事も無理でないと思われて来る。しかしそういう不倫な芸術家の与える芸術その物は必ずしも効果の悪いものばかりとは思われない。つまり、こう・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ 大阪の天王寺の五重塔が倒れたのであるが、あれは文化文政頃の廃頽期に造られたもので正当な建築法に拠らない、肝心な箇所に誤魔化しのあるものであったと云われている。 十月初めに信州へ旅行して颱風の余波を受けた各地の損害程度を汽車の窓から・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・エネルギーの全量は不変でも、それはこの時計の進むにつれて墜落し廃頽して行く。この時計ほど適切に不可逆な時の進みを示すものはないのであろう。しかし実際このような時計があったとしても、それが吾人の日常普通の目的に適当したものではないかもしれぬ。・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・ある人はこれを社会経済状態の欠陥のせいだと信じ、またある人は唯物論的思想の流行による国民精神の廃頽のせいだと思い込む。しかしこれらの動揺の真因は必ずしもそう手近な簡単なものではないかもしれないと思われる。 いろいろ考えられる原因の中での・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・ こうした輪廻の道程がもう一歩進んで墮落と廃頽の極に達し俳句が再び「宗匠」と「床屋」の占有物となる時代が来ると、そこではじめて次の輪廻の第一歩が始まるのではないかという気もする。その前にはどうしても一度行きつくところまで行く必要があるで・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
・・・綱紀紊乱風俗廃頽などという現象も多くはこれに似た事に帰因する。うっかりこの下手な手品師を笑われない。 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・そこで自然と、物には専門家と素人の差別が生ずるのだと、珍々先生は自己の廃頽趣味に絶対の芸術的価値と威信とを附与して、聊か得意の感をなし、荒みきった生涯の、せめてもの慰藉にしようと試みるのであったが、しかし何となくその身の行末空恐しく、ああ人・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・人倫の廃頽も亦極れりと謂うべきである。因にしるす。僕は小石川の家に育てられた頃には「おととさま、おかかさま」と言うように教えられていた。これは僕の家が尾張藩の士分であった故でもあろうか。其の由来を審にしない。 お民は談話が興に乗ってくる・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ あれ程大勢の男や女を舞台に出したのは、勿論、彼等によって、混雑し、もっとした廃頽的雰囲気を感じさせようが為であったろう。その効果は十分あっただろうか。彼等の皆は、舞台の上で自分達の持っている役目を真面目に心に置いて振舞っていたのだろう・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・ あらゆる文学が、芸術的表現・社会表現としての性質からそうであるように、歴史文学も、歴史の現実とのかかわり合いかたによって、逃避ともなるし文学の廃頽となっても現れるということについて戒心されなければなるまいと思う。 註 本文に引・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
出典:青空文庫