・・・故ニ温泉場ヲ開イテ以テ仲街ノ衰勢ヲ挽回セントスル也。建築ノ風一妓楼ノ如ク、楼ニ接シテ数箇ノ小茶店アリ。各酒肴ヲ弁ジ、且ツ絃妓ヲ蓄フ。亦花街ノ茶店ニ異ラズ。此楼モトヨリ浴ス可ク又酔フ可ク又能ク睡ル可シ。凡ソ人間ノ快楽ヤ浴酔睡ノ三字ニ如クハ無シ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ 彼のエイトキン夫人に与えたる書翰にいう「此夏中は開け放ちたる窓より聞ゆる物音に悩まされ候事一方ならず色々修繕も試み候えども寸毫も利目無之夫より篤と熟考の末家の真上に二十尺四方の部屋を建築致す事に取極め申候是は壁を二重に致し光線は天井よ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・各国家民族が自己を越えて一つの世界的世界を形成すると云うことでなければならない、世界的世界の建築者となると云うことでなければならない。我国体は単に所謂全体主義ではない。皇室は過去未来を包む絶対現在として、皇室が我々の世界の始であり終である。・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・麓の低い平地へかけて、無数の建築の家屋が並び、塔や高楼が日に輝やいていた。こんな辺鄙な山の中に、こんな立派な都会が存在しようとは、容易に信じられないほどであった。 私は幻燈を見るような思いをしながら、次第に町の方へ近付いて行った。そして・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・あなたは左官屋さんですか、それとも建築屋さんですか。 私は私の恋人が、劇場の廊下になったり、大きな邸宅の塀になったりするのを見るに忍びません。ですけれどそれをどうして私に止めることができましょう! あなたが、若し労働者だったら、此セメン・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・左れば夫の婬乱不品行は実証既に明白にして、此事果して妻たる者の身に関係なくして、隣の富家翁が財産を蓄え土蔵を建築したるの類に比較す可きや否や。隣家の貧富は我家の利害に関係なしと雖も、夫の婬乱不品行は直接に妻の権利を害するものにして、固より同・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
為事室。建築はアンピイル式。背景の右と左とに大いなる窓あり。真中に硝子の扉ありてバルコンに出づる口となりおる。バルコンよりは木の階段にて庭に降るるようなりおる。左には広き開き戸あり。右にも同じ戸ありて寝間に通じ、この分は緑の天鵞絨の・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・聖堂よりに正門があって、ダラダラ坂の車まわしをのぼると、明治初代の建築である古風な赤煉瓦の建物があった。年を経た樫の樹が車まわしの右側から聖堂の境に茂っていてその鬱蒼とした蔭に、女高師の学生用の弓場があった。弓場のあるあたりは、ブランコなど・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・二箇月立つか立たないうちに、和洋折衷とか云うような、二階家が建築せられる。黒塗の高塀が繞らされる。とうとう立派な邸宅が出来上がった。 近所の人は驚いている。材木が運び始められる頃から、誰が建築をするのだろうと云って、ひどく気にして問い合・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・しかし彼らはとにかくその漠然たる無意識の内に、右のごとき建築の美を感じないではいられなかったであろう。そうして身震いの出るような烈しい感動の内に、ただただその素朴な頭を下げたことであろう。しかもこの際彼らの意識に上る唯一のものは、三宝を尊奉・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫