・・・わたしの知っていたある弁護士などはやはりそのために死んでしまったのですからね。」 僕はこう口を入れた河童、――哲学者のマッグをふりかえりました。マッグはやはりいつものように皮肉な微笑を浮かべたまま、だれの顔も見ずにしゃべっているのです。・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・それは君はそう云う史料の正確な事を、いろいろの方面から弁護する事が出来るでしょう。しかし僕はあらゆる弁護を超越した、確かな実証を持っている。君はそれを何だと思いますか。」 本間さんは、聊か煙に捲かれて、ちょいと返事に躊躇した。「それ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・だから蟹の弁護に立った、雄弁の名の高い某弁護士も、裁判官の同情を乞うよりほかに、策の出づるところを知らなかったらしい。その弁護士は気の毒そうに、蟹の泡を拭ってやりながら、「あきらめ給え」と云ったそうである。もっともこの「あきらめ給え」は、死・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・ 或弁護 或新時代の評論家は「蝟集する」と云う意味に「門前雀羅を張る」の成語を用いた。「門前雀羅を張る」の成語は支那人の作ったものである。それを日本人の用うるのに必ずしも支那人の用法を踏襲しなければならぬと云う法はない。・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・――そう云う彼の決心の中には、彼自身朧げにしか意識しない、何ものかを弁護しようとするある努力が、月の暈のようにそれとなく、つきまとっていたからである。 ――――――――――――――――――――――――― 病弱な修・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・フランシスを弁護する人がありでもすると、嫉妬を感じないではいられないほど好意を持ち出した。その時からクララは凡ての縁談を顧みなくなった。フォルテブラッチョ家との婚約を父が承諾した時でも、クララは一応辞退しただけで、跡は成行きにまかせていた。・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・またそれを弁護し、力説する評論家がある。彼らは第四階級以外の階級者が発明した文字と、構想と、表現法とをもって、漫然と労働者の生活なるものを描く。彼らは第四階級以外の階級者が発明した論理と、思想と、検察法とをもって、文芸的作品に臨み、労働文芸・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・その時その時の自分を弁護するためにいろいろの理窟を考えだしてみても、それが、いつでも翌る日の自分を満足させなかった。蝋は減りつくした。火が消えた。幾十日の間、黒闇の中に体を投げだしていたような状態が過ぎた。やがてその暗の中に、自分の眼の暗さ・・・ 石川啄木 「弓町より」
私の文学――編集者のつけた題である。 この種の文章は往々にして、いやみな自己弁護になるか、卑屈な謙遜になるか、傲慢な自己主張になりやすい。さりげなく自己の文学を語ることはむずかしいのだ。 しかし、文学というものは、・・・ 織田作之助 「私の文学」
・・・翁は行きづまってしまったので、仙人主義を弁護する理屈に立ち返ってしきりと考えこんでいると、どしりとばかり同じベンチに身を投げるように腰をおろした者がある。振り向いて見るや、「オヤ河田さんじゃないか。」 先方は全く石井翁に気がつかなか・・・ 国木田独歩 「二老人」
出典:青空文庫