・・・水軍の策戦は『三国志』の赤壁をソックリそのままに踏襲したので、里見の天海たる丶大や防禦使の大角まで引っ張り出して幕下でも勤まる端役を振り当てた下ごしらえは大掛りだが、肝腎の合戦は音音が仁田山晋六の船を燔いたのが一番壮烈で、数千の兵船を焼いた・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・と、父親は無理に、やわらかな白い子供の腕を引っ張りました。すると、子供は、やっと父親のあとについてきましたが、また、二足三足歩くと、また立ち止まって、こんどは頭の上に垂れ下がった木の枝をながめて笑っていました。 その木は、なんの木か知ら・・・ 小川未明 「幾年もたった後」
・・・たいてい皆いやいや引っ張り出されて、浦島太郎になって帰って来た連中やぞ。浦島太郎なら玉手箱の土産があるけど、復員は脊中の荷物だけが財産やぞ。その財産すっかり掏ってしもても、お前何とも感じへんのか」「…………」 亀吉は眼尻の下った半泣・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ ところがある日、日の暮に飯塚の家の前を通るとおさよが飛び出して来て、私を無理に引っ張り込みました。そしてなぜこの四五日遊びに来なかったと聞きますから、風邪を引いたといいますと、それは大変だ、もう癒ったかと、私の顔を覗きこんで、まだ顔色・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・巻尺を引っ張り、三本の脚の上にのせた、望遠鏡のような測量機でペンキ塗りのボンデンをのぞき、地図に何かを書きつけて、叫んでいた。 英語の記号と、番号のはいった四角の杭が次々に、麦畑の中へ打たれて行った。 麦を踏み折られて、ぶつ/\小言・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・もうこれぎり実家へ帰って死んでしまうと言って、箪笥から着物などを引っ張りだす。やがて二人で大立廻りをやって、女房は髪を乱して向いの船頭の家へ逃げこむやら、とうと面倒なことになったが、とにかく船頭が仲裁して、お前たちも、元を尋ねると踊りの晩に・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・先刻、こちらの叔父さんに逢いまして、芝居に引っ張り出したけど、途中で逃げてしまったとおっしゃって、笑っておられましたから。」 女中は、私をちかしい者のように思ったらしく、笑って、どうぞと言った。 私たちは、そのひとの居間にとおされた・・・ 太宰治 「フォスフォレッスセンス」
・・・ 従って、収監されていた首魁共は、裁判所へ引っ張り出された。その結果は、彼等は、「誰か痛快におっ初めたものだな!」と云う事を知った。彼等は志気を振い起した。 残っていた連中も、虱つぶしに引っ張られた。本田家の邸内を護衛していた、小作・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ カイロ団長は、はやしにつりこまれて、五へんばかり足をテクテクふんばってつなを引っ張りましたが、石はびくとも動きません。 とのさまがえるはチクチク汗を流して、口をあらんかぎりあけて、フウフウといきをしました。全くあたりがみんなくらく・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・と申されながら須利耶さまの袂を引っ張りなさいます。お二人は家に入り、母さまが迎えなされて戸の環を嵌めておられますうちに、童子はいつかご自分の床に登って、着換えもせずにぐっすり眠ってしまわれました。 また次のようなことも申します。・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
出典:青空文庫