・・・ それが、ずんずん、楢夫に進んで来て、沢山の手を出し、楢夫を上に引っ張りあげました。 楢夫は呆れて、小猿の列の上で、大将を見ていました。 大将は、ますます得意になって、爪立てをして、力一杯延びあがりながら、号令をかけます。「・・・ 宮沢賢治 「さるのこしかけ」
・・・その児の方を振向くと一緒に手を引っ張りながら、「何云うだ。そないな事云うものでねえぞ。と云った。 私の心の中には、一種の「あわれみ」と恥かしい様な気持が湧き上ったのであった。 私は、ほんとうに只、親切の心から云った言・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・僕はいま陸軍から引っ張りに来ているんですが、海軍が許さないのです。」 水交社が見えて来た。この海軍将校の集会所へ這入るのは、梶には初めてであった。どこの煙筒からも煙の出ないころだったが、ここの高い煙筒だけ一本濛濛と煙を噴き上げていた。携・・・ 横光利一 「微笑」
去年の八月の末、谷川君に引っ張り出されて北軽井沢を訪れた。ちょうどその日は雨になって、軽井沢駅に降りた時などは土砂降りであった。その中を電車の終点まで歩き、さらに玩具のように小さい電車の中で窓を閉め切って発車を待っていた時の気持ちは、・・・ 和辻哲郎 「寺田さんに最後に逢った時」
・・・愛なく情なく血なく肉なくしてただ黄金にのみ執着する獰猛なスクルジは過去現在未来の幽霊に引っ張り回されて一夜の間に昔の夢のようなホームの楽しさと冷酷なる今と身近く迫れる暗き死の領とを痛切に見せられた。翌朝はクリスマスである。スクルジはなんとな・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫