・・・役人は彼等を縛めた後、代官の屋敷へ引き立てて行った。が、彼等はその途中も、暗夜の風に吹かれながら、御降誕の祈祷を誦しつづけた。「べれんの国にお生まれなされたおん若君様、今はいずこにましますか? おん讃め尊め給え。」 悪魔は彼等の捕わ・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・それを見た閻魔大王は、すぐに鬼どもの方を向いて、荒々しく何か言いつけると、鬼どもは一度に畏って、忽ち杜子春を引き立てながら、森羅殿の空へ舞い上りました。 地獄には誰でも知っている通り、剣の山や血の池の外にも、焦熱地獄という焔の谷や極寒地・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ 優しく背を押したのだけれども、小僧には襟首を抓んで引立てられる気がして、手足をすくめて、宙を歩行いた。「肥っていても、湯ざめがするよ。――もう春だがなあ、夜はまだ寒い。」 と、納戸で被布を着て、朱の長煙管を片手に、「新坊、・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ と、かッきと、腕にその泣く子を取って、一樹が腰を引立てたのを、添抱きに胸へ抱いた。「この豆府娘。」 と嘲りながら、さもいとしさに堪えざるごとく言う下に、「若いお父さんに骨をお貰い。母さんが血をあげる。」 俯向いて、我と・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・が、額の下の高麗べりの畳の隅に、人形のようになって坐睡りをしていた、十四になる緋の袴の巫女を、いきなり、引立てて、袴を脱がせ、衣を剥いだ。……この巫女は、当年初に仕えたので、こうされるのが掟だと思って自由になったそうである。 宮奴が仰天・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 再び巨榎の翠の蔭に透通る、寂しく澄んだ姿を視た。 水にも、満つる時ありや、樹の根の清水はあふれたり。「ああ、さっき水を飲んだ時でなくて可かった。」 引立てて階を下りた、その蔀格子の暗い処に、カタリと音がした。「あれ、薙・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 手もなく奥に引立てられて、そのままそこに押据えられつ。 たといいかなる手段にても到底この老夫をして我に忠ならしむることのあたわざるをお通は断じつ。激昂の反動は太く渠をして落胆せしめて、お通は張もなく崩折れつつ、といきをつきて、悲し・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・その中へ、お床は別々でも、お前さん何だよ御婚礼の晩は、女が先へ寝るものだよ、まあさ、御遠慮を申さないで、同じ東京のお方じゃないか、裏の山から見えるなんて、噂ばかりの日本橋のお話でも聞いて、ぐっと気をお引立てなさいなね。水道の水を召食ッていら・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・お千代はようやく父をなだめ、母はおとよを引き立てて別間へ連れこむ。この場の騒ぎはひとまず済んだが、話はこのまま済むべきではない。 七 おとよの父は平生ことにおとよを愛し、おとよが一番よく自分の性質を受け継いだ子で、・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ こんなくだらない物思いに沈んでいるよりも、しばらく怠っていた海水浴でもして、すべての考えを一新してしまおうかと思いつき、まず、あぐんでいる身体を自分で引き立て、さんざんに肘を張って見たり、胸をさすって見たり、腕をなぐって見たりしたが、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
出典:青空文庫