・・・上頤下頤へ拳を引掛け、透通る歯と紅さいた唇を、めりめりと引裂く、売女。(足を挙げて、枯草を踏蹂画工 ううむ、(二声ばかり、夢に魘紳士 女郎、こっちへ来い。(杖をもって一方を指侍女 はい。紳士 頭を着けろ、被れ。俺の前を烏のよ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・それから一発一発と打つたびに、わたくしは自分で自分を引き裂くような愉快を味わいました。この心の臓は、元は夫と子供の側で、セコンドのように打っていて、時を過ごして来たものでございます。それが今は数知れぬ弾丸に打ち抜かれています。こんなになった・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・それから一発一発と打つたびに、わたくしは自分で自分を引き裂くような愉快を味いました。この心の臓は、もとは夫や子供の側で、セコンドのように打っていて、時を過ごして来たものでございます。それが今は数知れぬ弾丸に打ち抜かれています。こんなになった・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ときに依っては、母はひいという絹布を引き裂くような叫びをあげる。しばらく私のすがたを見つめているうちに、私には面皰もあり、足もあり、幽霊でないということが判って、父は憤怒の鬼と化し、母は泣き伏す。もとより私は、東京を離れた瞬間から、死んだふ・・・ 太宰治 「玩具」
・・・ もう今では、電車の音も、紙を引き裂くくらいの小さい音になりました。間も無く、なんにも聞えなくなるのでしょう。からだ全体が、わるいようです。毎夜、お寝巻を三度も取りかえます。寝汗でぐしょぐしょになるのです。いままでかいた絵は、みんな破っ・・・ 太宰治 「水仙」
・・・お前の逞しい胸、牛でさえ引き裂く、その広い肩、その外観によって、内部にあるお前自身の病毒は完全に蔽いかくされている。 お前が夜更けて、独りその内身の病毒、骨がらみの梅毒について、治療法を考え、膏薬を張り、神々を祈願し、嘆いていることは、・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・そらはすっかり白くなり、風はまるで引き裂くよう、早くも乾いたこまかな雪がやって来ました。そこらはまるで灰いろの雪でいっぱいです。雪だか雲だかもわからないのです。 丘の稜は、もうあっちもこっちも、みんな一度に、軋るように切るように鳴り出し・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
・・・何の罪なく眠れるものを、ただ一打ととびかかり、鋭い爪でその柔な身体をちぎる、鳥は声さえよう発てぬ、こちらはそれを嘲笑いつつ、引き裂くじゃ。何たるあわれのことじゃ。この身とて、今は法師にて、鳥も魚も襲わねど、昔おもえば身も世もあらぬ。ああ罪業・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・そうして、今は、二人は二人を引き裂く死の断面を見ようとしてただ互に暗い顔を覗き合せているだけである。丁度、二人の眼と眼の間に死が現われでもするかのように。彼は食事の時刻が来ると、黙って匙にスープを掬い、黙って妻の口の中へ流し込んだ。丁度、妻・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫