・・・「それでもまだ剛情を張るんなら、あすこにいる支那人をつれて来い」「あれは私の貰い子だよ」 婆さんはやはり嘲るように、にやにや独り笑っているのです。「貰い子か貰い子でないか、一目見りゃわかることだ。貴様がつれて来なければ、おれ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・ 代官は天主のおん教は勿論、釈迦の教も知らなかったから、なぜ彼等が剛情を張るのかさっぱり理解が出来なかった。時には三人が三人とも、気違いではないかと思う事もあった。しかし気違いでもない事がわかると、今度は大蛇とか一角獣とか、とにかく人倫・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・「ああ、しましょうとも、しなくってさ、おほほ、三ちゃん、何を張るの。」「え、そりゃ、何だ、またその時だ、今は着たッきりで何にもねえ。」 と面くらった身のまわり、はだかった懐中から、ずり落ちそうな菓子袋を、その時縁へ差置くと、鉄砲・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・「――いり海老のような顔をして、赤目張るの――」「――さてさて憎いやつの――」 相当の役者と見える。声が玄関までよく通って、その間に見物の笑声が、どッと響いた。「さあ、こちらへどうぞ、」「憚り様。」 階子段は広い。―・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・のみならず省作は天性あまり強く我を張る質でない。今母にこう言いつめられると、それでは自分が少し無理かしらと思うような男であるのだ。「おッ母さんに苦労ばかりさせて済まないです。なるほどわたしの我儘に違いないでしょう、けれどもおッ母さん、わ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と、からだを引ッ張ると、「はい、よろしく」と、笑いながら寄って来た。 四 翌朝、食事をすましてから、僕は机に向ってゆうべのことを考えた。吉弥が電燈の球に「やまと」のあき袋をかぶせ、はしご段の方に耳をそば立てた時の様子・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・小さい時から長袖が志望であったというから、あるいは画師となって立派に門戸を張る心持がまるきりなかったとも限らないが、その頃は淡島屋も繁昌していたし、椿岳の兄の伊藤八兵衛は飛ぶ鳥を落す勢いであったから、画を生活のたつきとする目的よりはやはり金・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・緑雨は口先きばかりでなくて真実困っていたらしいが、こんな馬鹿げた虚飾を張るに骨を折っていた。緑雨と一緒に歩いた事も度々あったが、緑雨は何時でもリュウとした黒紋付で跡から俥がお伴をして来るという勢いだから、精々が米琉の羽織に鉄欄の眼鏡の風采頗・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・同じヤマコを張るなら、高目に張る方がよいと、つい鼻の先の通天閣を横目に仰いで、二階建ての屋根の上にばかに大きく高く揚げたのだ。 そのように体裁だけはどうにか整ったが、しかし、道修町の薬種問屋には大分借りが出来、いや、その看板の代金にした・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 誰も大阪へ張る者がない。ふと張ってみようという気になった。ズボンのポケットから掴み出して大阪の上へ一枚載せた。針が動いた、東京だ。「さアないかないか」 もう一度早い目に大阪へ張った。が、横浜だ。「――さアないかないか」・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫