・・・が、姉がこう泣き声を張り上げると、彼は黙って畳の上の花簪を掴むが早いか、びりびりその花びらをむしり始めた。「何をするのよ。慎ちゃん。」 姉はほとんど気違いのように、彼の手もとへむしゃぶりついた。「こんな簪なんぞ入らないって云った・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・と癇癪声を張り上げるが口喧嘩にならぬ先に窓下を通る蜜豆屋の呼び声に紛らされて、一人が立って慌ただしく呼止める、一人が柱にもたれて爪弾の三味線に他の一人を呼びかけて、「おやどうするんだっけ。二から這入るんだッけね。」と訊く。 坐るかと思う・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・こういうときは声を一層張り上げる。婆あさんにも別当にも聞せようとするのである。女はこんな事も言う。借家人の為ることは家主の責任である。サアベルが強くて物が言えないようなら、サアベルなんぞに始から家を貸さないが好い。声はいよいよ高くなる。薄井・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫