・・・それは迷路のように曲折しながら、石畳のある坂を下に降りたり、二階の張り出した出窓の影で、暗く隧道になった路をくぐったりした。南国の町のように、所々に茂った花樹が生え、その附近には井戸があった。至るところに日影が深く、町全体が青樹の蔭のように・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・「辺務を談ぜないということを書いて二階に張り出し」たりした安井息軒の生きかたをそのままに眺めている鴎外の眼も、私に或る感興を与えた。この短い伝記の中に、鴎外にとって好ましい女の或る精神的な魅力の典型の一つを語っているらしいところも面白い。最・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・――革命的なソヴェト同盟のプロレタリアート、農民が社会主義社会建設のため、一がん張りがん張り出して見ると、今更ながら革命後までも根を張って、コソコソ策動していた階級の敵の存在が後から後からばれて来る。 ばれない奴等はここを先途とあらゆる・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 二階の壁に、絵入りのスモーリヌイ勤労者壁新聞が張り出してある。 スモーリヌイの外観は快活である。そのように内部も清潔で、白い。極めてさっぱりしている。 三階の廊下へ入るところに、赤衛兵が番をしている。許可証を赤衛兵にわたした。・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・海面に張り出して、からりとした人民保養委員会のレストランなども見えているが、どういう訳か遊歩道には前にも後にも人が疎で、海から吹いて来る強い風に、コックの白上衣が繩につられてはためいている。 海沿いの公園では夾竹桃が真盛りであった。わき・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・其処に、木造の、深い張り出しを持った一棟古風な建物があるが、其も今手入れ最中人かげもない。テニス・コウトで草むしりをして居た女から、御堂では草履をはかせないことを聞いて戻り、やっと内に入った。 賑やかに飾った祭壇、やや下って迫持の右側に・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・陰気な程深い張出しつきの教師館を修繕中で、朽ちた床板がめくられ、湿っぽい土の匂がする。テニス・コートらしい空地で、緑の草を女がむしっている。私はやっと、御堂内では一切穿物を許さないということだけを知り得、荒れた南欧風の小径を再び下った。御堂・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・それを親たちの寝所になっていた六畳の張出し窓のところへ据えて、頻りに私が毛筆で書き出したのは、一篇の長篇小説であった。題はついていたのか、いなかったのか、なかみを書く紙は大人の知らない間にどこからか見つけ出して来て白い妙にツルツルした西洋紙・・・ 宮本百合子 「行方不明の処女作」
・・・辺務を談ぜないということを書いて二階に張り出したのは、番町にいたときである。 お佐代さんは四十五のときにやや重い病気をして直ったが、五十の歳暮からまた床について、五十一になった年の正月四日に亡くなった。夫仲平が六十四になった年である・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・で、そのことを谷川君にいうと、「うっかりそんな話をすれば、引っ張り出しが成功しなかったかもしれませんからね」という答えであった。落合君はもうその前から東山のマラリヤの蚊にやられていたのである。この谷川君の英断にも私は心から感謝した。あのすば・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫