・・・ * 我我を支配する道徳は資本主義に毒された封建時代の道徳である。我我は殆ど損害の外に、何の恩恵にも浴していない。 * 強者は道徳を蹂躙するであろう。弱者は又道徳に愛撫されるであろう。道徳の迫害を受けるものは常に・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 私達は、この現実に於て、暴力が憚からずに行われていることを知っている。強者は、徒らに弱者を虐げている事実を見あきる程見ている。人間が、人間を奴隷とし、自欲のためには、他の苦艱をも意としない、そのことが人道にもとるにもかゝわらず。不問に・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・ 兵士達は、偽札を撒きちらされても、強者には何一ツ抗議さえよくしない日本当局の無気力を憤った。メリケン兵は忌々しく憎かった。彼等は、ひまをぬすんで寝がえりを打った娘のところへのこ/\やって行って偽札を曝露した。「何故?」 肌自慢・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・きたるにこれは頂かぬそれでは困ると世間のミエが推っつやっつのあげくしからば今一夕と呑むが願いの同伴の男は七つのものを八つまでは灘へうちこむ五斗兵衛が末胤酔えば三郎づれが鉄砲の音ぐらいにはびくりともせぬ強者そのお相伴の御免蒙りたいは万々なれど・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・このような記憶あるいは本能が人間種族からすっかり消え去らない限り、強者と弱者の関係はあらゆる学説などとは無関係に存続するだろう。 子供らはまたよくかやつり草を芝の中から捜し出した。三角な茎をさいて方形の枠形を作るというむつかしい幾何学の・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・これも人のうわさで事実はたしかでないが、しかし至極もっともな有りそうな話である。これも強者の悲哀の一例であろう。 こういういろいろの不思議な現象は、新聞社間の命がけの生存競争の結果として必然に生起するものであって、ジャーナリズムが営利機・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・然るに内行を潔清に維持して俯仰慚ずる所なからんとするは、気力乏しき人にとりて随分一難事とも称すべきものなるが故に、西洋の男女独り木石にあらずまた独り強者にあらず、俗にいう穴探しの筆法を以てその社会の陰処を摘発するにおいては、千百の醜行醜聞、・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
一 十月号の『文芸』に発表されている深田久彌氏の小説「強者連盟」には、様々の人物が輪舞的に登場しているが、なかに、高等学校の生徒で梅雄と云う青年が描かれている。 この小説で、作者はおそらく作品・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・ 「強者連盟」 相当の太さを持った青竹が地べたから生えている。青竹はきめのつまった独特の艷を持っていて、威勢がよさそうに見えるのに地べたから四尺ぐらいのところで、スパリと胴ぎりにされている。切り口の円いずん胴が・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・弱きを滅す強者の下賤にして無礼野蛮なる事を証明するとともに、滅さるる弱きもののいかほど上品で美麗であるかを証明するのみである」という考えかたに到達している。「日本女性の動かすことのできない美は、争ったり主張したりするのではなくて、苦しんだり・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
出典:青空文庫