・・・そして多くの場合においてその惰性は恒同であり、弾力は変位に正比例するから運動の方程式は簡単である。しかしこの類型を神経の作用にまでも持って行こうとすると非常な困難がある。かりにあるものの変位がプラスであれば緊張、マイナスであれば弛緩の状態を・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・もしくは伸縮方を解せぬ、弾力性のない文章と評しても構わないでしょう。汽車電車は無論人力さえ工夫する手段を知らないで、どこまでも親譲りの二本足でのそのそ歩いて行く文章であります。したがって散文的の感があるのです。散文的な文章とは馬へも乗れず、・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 此のしなやかなたよたよしい楓がそよりともしないと云うのは―― 若し指を触れたら温かい血行を感じ人間の皮膚の通りな弾力を感じるだろうと思う程「なまなましたふくらみ」を持って居る木は、私に植物と云うより寧ろどうしても動物――而かも人間・・・ 宮本百合子 「雨が降って居る」
・・・ぶつかって来る弾力のある重い体。ふざけて噛みつく擽ったさ迄、私には新鮮な、涙の出るような愉快だ。 良人は縁側に出、いつの間にか「マーク、マーク」と云う名をつけて仔犬を呼んだ。 マーク。アントニーを思い出し私は微笑した・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・ 映画俳優のすき、きらいにしたって、つまりは自分の生活の弾力からの判断である。細かく表現はされないが、何となく虫が好かない、そういうことは名優と云われる人に対しても私たちが自分のこととしては主張出来る筈のことである。そして、虫は好かない・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・ 笑い声の中に立ち上って、がっちりした体にコバルト色シャツのアーシャが、抑揚は本もののプロレタリアート詩人らしい弾力で、原稿を読みあげる。「きられる鉄片の火花と音楽。さまざまな形で社会主義建設の骨格になり輪となり、起重機となり、鋲と・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・この作家の持ち前のなだらかに弾力ある生活の力は、少女時代から結婚生活十七年の今日までの間に、社会の歴史の推移について妻の境涯もなかなかの波瀾を経て来ていて、しかも、それぞれの時期を本気で精一杯に生きて来ている。十六の少女として父さんと浜で重・・・ 宮本百合子 「『暦』とその作者」
・・・現在行われている探偵小説、怪奇小説の類は退屈しているもの、毎日の生活感情に自主的弾力と方向とをもたないものが、面白がって熱中するのであろうと思う。この種の物語は最後に必ず解答が出て来るという厳然とした約束に立っている。しかもそこまでを、出来・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・時には、うんざりさせてしまうような調子の高い陽気さも彼女の裡にはしっくりと融和されて、女性の強靭な弾力を輝やかせる一色彩となりますでしょう。 彼女こそは愛すべき永遠の女性として、地上の歓びを生むべきなのでございます。 けれども、C先・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・肉体のいよいよ永い若々しさへの努力とともに、精神の若い弾力を保つ心がけこそ、新しい日本の女性の美の必要であると思う。 教壇の未亡人 勇士の未亡人で、新しい生活の道を教壇に見出したひとたちが、いよいよ一ヵ年の師範・・・ 宮本百合子 「女性週評」
出典:青空文庫