・・・それとともに何となし社会の息づかいが乾いていて、何か素朴な、原形のままの人間感情のやさしさや、しなやかさや弾力を感じとりたくて、案外のような人も本を買っている。購買力が高まり、読書する人の層が全く従来の範囲から溢れて来ていることも明白で、そ・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
・・・ 日本の衣服についての再吟味が初まって幾何かの時が経っているが、婦人の衣服の改良案などが一つも訴えて来るものをもっていないのは、やはり改良して行こうとする心の動機に、弾力がないからだと思う。単一化そうとばかり方向がむけられていて、人間は・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・ 切身にだんだん弾力がついて来る。いつか元の父になり「人工呼吸は利いてきたが、とても生きられない、もう死ぬ」 Y、大きな声で「遺言! 遺言!」「今度買った地面は皆で二十七円だ。阿母さんのものにするつもりだ、あとは皆書つけ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ソヴェトの実際方針は根本的には一本であるけれども、弁証法的に非常に弾力をもっている。それだから一本調子でやって行くといっても、目的があって、そこへやろうという意味において一本調子であるけれども、或る人に云わせれば、どこに終局の目的があるか分・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・ けれども有難いことには、まだ倦怠を知らぬ活き活きとした生理的活動が、あの弾力に満ちた発育力のうちに、それ等の尊い感情の根元だけを辛うじて暖く大切に保存していてくれた。 何か一つの転機が、彼女の上に新らしい刺戟と感動とを齎しさえすれ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・作家はそういう人々の弾力を失った感受性を憐むと同時に、作家側として学びとるべき何ものかがその一見下らぬ言葉の中に籠っていることを知らなければならないのではないだろうか。 小説は、ただあった通りに書いたというだけではいわばそこには題材はあ・・・ 宮本百合子 「問に答えて」
・・・ この頃めっきり広がった苔にはビロードのやわらかみと快い弾力が有ってみどりの細い間を今朝働き出してまだ間のない茶色の小虫が這いまわって居るのも、白いなよなよとした花の一つ二つ咲いて居るのまで、はっきりした頭と、うるみのない輝いた眼とで私・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・二人の中で、姉娘は足を引きずるようにして歩いているが、それでも気が勝っていて、疲れたのを母や弟に知らせまいとして、折り折り思い出したように弾力のある歩きつきをして見せる。近い道を物詣りにでも歩くのなら、ふさわしくも見えそうな一群れであるが、・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・国から来た親類には、随分やかましい事を言われる様子で、お蝶はいつも神妙に俯向いて話を聞いていても、その人を帰した跡では、直ぐ何事もなかったように弾力を回復して、元気よく立ち働く。そしてその口の周囲には微笑の影さえ漂っている。一体お蝶は主人に・・・ 森鴎外 「心中」
・・・松の枝は幹から横に出ていて、強い弾力をもって上下左右に揺れるのであるが、欅の枝は幹に添うて上向きに出ているので、梢の方へ行くと、どれが幹、どれが枝とは言えないようなふうに、つまり箒のような形に枝が分かれていることになる。欅であるから弾力はや・・・ 和辻哲郎 「松風の音」
出典:青空文庫