・・・な研究になったり、ラジオでまで放送されて、当の学者は陰で冷や汗を流すのである。この新聞記事を読んだ人は相当な人でも、あたかも「椿の花の落ち方を見て地震の予知ができる」と書いてあるかのような錯覚を起こす。そうして学者側の読者は「とんでもなく吹・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・これは要するにまだ本当の意味での地震学というものが成立していない事を意味するのではあるまいか。各種の方面の学者はただ地震現象の個々の断面を見ているに過ぎないのではあるまいか。 これらのあらゆる断面を綜合して地震現象の全体を把握する事が地・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・幾ら科学者が綿密に自然を研究したって、必竟ずるに自然は元の自然で自分も元の自分で、けっして自分が自然に変化する時期が来ないごとく、哲学者の研究もまた永久局外者としての研究で当の相手たる人間の性情に共通の脈を打たしていない場合が多い。学校の倫・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・「だから、そんなのは、本当の豆腐屋にしてしまうのさ」「こっちがする気でも向がならないやね」「ならないのをさせるから、世の中が公平になるんだよ」「公平に出来れば結構だ。大いにやりたまえ」「やりたまえじゃいけない。君もやらな・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・同種同類でないと、本当の比較ができないからでもあるし、ひとつ、あいつを乗り越してやろうと云う時は、裏道があってもかえって気がつかないで、やっぱり当の敵の向うに見える本街道をあとを慕って走け出すのが心理的に普通な状態であります。すると同圏内で・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・相接するにも賓客の如く、曾て行儀を乱りたることなく、一見甚だ美なるに似たれども、気の毒なるは主人公の身持不行儀にして婬行を恣にし、内に妾を飼い外に賤業婦を弄ぶのみか、此男は某地方出身の者にて、郷里に正当の妻を遺し、東京に来りて更らに第二の妻・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・何だかこの往来、この建物の周囲には、この世に生れてから味わずにしまった愉快や、泣かずに済んだ涙や、意味のないあこがれや、当の知れぬ恋なぞが、靄のようになって立ち籠めているようだ。何処の家でも今燈火を点けている。そうすると狭い壁と壁との間に迷・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・そして、大森氏によって指摘されているこの一種の現実歪曲の根源はと見れば、それは微妙にも当の大森氏が立派な思想は生活とはなれていてもそれとして人々を益すると云っている、微塵悪意のない、だがそこから実際には沢山の抽象論、機械的解釈を発生させる罅・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・天気のよい日、磨かれた靴が特に光り、日を照り返して捩くれるのを見ると、私の心は云いようもなく重く悲しく、当のない憤懣を感じずにはいられないのである。――思うと笑わずにはいられない。 先生や友達の個人的な思い出は抜き、次に印象深いのは、お・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・ 色彩も美しい五ヵ年計画の絵解きから、十月革命の相当のむずかしい歴史に至るまで小学校の学年順に並べた棚が出来ている。 モスクワを留守にしたのはたった一ヵ月未満だった。それだのに、ブルジョア書籍店と同じような体裁だったソヴェト同盟の本屋の・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
出典:青空文庫