・・・彼はまず浦島太郎の竜宮を去るの図を彩りはじめた。竜宮は緑の屋根瓦に赤い柱のある宮殿である。乙姫は――彼はちょっと考えた後、乙姫もやはり衣裳だけは一面に赤い色を塗ることにした。浦島太郎は考えずとも好い、漁夫の着物は濃い藍色、腰蓑は薄い黄色であ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ その癖、傍で視ると、渠が目に彩り、心に映した――あのろうたけた娘の姿を、そのまま取出して、巨石の床に据えた処は、松並木へ店を開いて、藤娘の絵を売るか、普賢菩薩の勧進をするような光景であった。 渠は、空に恍惚と瞳を据えた。が、余りに・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 毎日、入り日は、紅く海の上を彩りました。そして、城跡から、海をながめるその景色に変わりはなかったけれど、おじいさんの姿は、もはや、どこにも見ることができませんでした。 少年は、おじいさんが、腰かけた石のところにやってきました。あり・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・が、冷澄な空気の底に冴え冴えとした一塊の彩りは、何故かいつもじっと凝視めずにはいられなかった。 堯はこの頃生きる熱意をまるで感じなくなっていた。一日一日が彼を引き摺っていた。そして裡に住むべきところをなくした魂は、常に外界へ逃れよう逃れ・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・富沢は色鉛筆で地図を彩り直したり、手帳へ書き込んだりした。斉田は岩石の標本番号をあらためて包み直したりレッテルを張ったりした。そしてすっかり夜になった。 さっきから台所でことことやっていた二十ばかりの眼の大きな女がきまり悪そうに夕食を運・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・「華やかな彩り」とうつってきましたが主題の小ささにくらべて長い小説にまとめてゆく文学上の危険な現象を、本年はどのように緊密な方向へ発展させるか、また右と左の足がそれぞれに別な土台に立ってしかもその間に「統一をもとめている同時的把握」の課題が・・・ 宮本百合子 「一九四七・八年の文壇」
・・・でも、現実会というその会の名をまじめに考えたとき、私は正直に言って、十人が十人似たような絵を似たような彩りゆたかさで、安易なテーマで描いていることについて不安を感じました。現実というものは、個々において、もっと多様です。リアリズムというもの・・・ 宮本百合子 「第一回日本アンデパンダン展批評」
出典:青空文庫