・・・彼は、いま往診した、哀れな子供のことについて、さまざまのことを思っていたのです。 その家は貧しくて、かぜから肺炎を併発したのに手当ても十分することができなかった。小さな火鉢にわずかばかりの炭をたいたのでは、湯気を立てることすら不十分で、・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・弟が、今頃行っても医者は往診で不在だから駄目だと言っても「さがして呉れ――自転車で――処方箋を貰って来て呉れ――」と、止切れ止切れにせがみました。弟はやむを得ず「ようし」と引受けて立上りましたが、直ぐ台所へ廻って如何したらよいかと私に相談し・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・その往診料は一回五円だった。 やっと危機は持ちこたえて通り越した。しかし、清三は久しく粥と卵ばかりを食っていなければならなかった。家の鶏が産む卵だけでは足りなくって、おしかは近所へ買いに行った。端界に相場が出るのを見越して持っていた僅か・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
出典:青空文庫