・・・僕らはこういう静かさの中に――高山植物の花の香に交じったトックの血の匂いの中に後始末のことなどを相談しました。しかしあの哲学者のマッグだけはトックの死骸をながめたまま、ぼんやり何か考えています。僕はマッグの肩をたたき、「何を考えているのです・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 行違いに、ぼんやりと、宗吉が妾宅へ入ると、食う物どころか、いきなり跡始末の掃除をさせられた。「済まないことね、学生さんに働かしちゃあ。」 とお千さんは、伊達巻一つの艶な蹴出しで、お召の重衣の裙をぞろりと引いて、黒天鵝絨の座蒲団・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・二 とにかく、しかし、そんな大笑いをして、すまされる事件ではございませんでしたので、私も考え、その夜お二人に向って、それでは私が何とかしてこの後始末をする事に致しますから、警察沙汰にするのは、もう一日お待ちになって下さいまし・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・全世界の苦悩をひとりで背負っているみたいに深刻な顔をして歩いて、しきりに夫婦喧嘩の後始末に就いて工夫をこらしているのだから話にならない。よろず、ただ呆れたるより他のことは無しである。 剣聖の書遺した「独行道」と一条ずつ引較べて読んでみて・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ 妹を引取って後も、郷里との交渉やら亡き人の後始末やらに忙殺されて、過ぎた苦痛を味わう事は勿論、妹や姪の行末などの事もゆるゆる考える程の暇はなかった。妻と下女とで静かに暮していた処へ急に二人も増したのみならず、姪はいたずら盛りの年頃では・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・五 収穫の後始末もあらかた付いて、農民がいったいに暇になると、かねがね噂のあった或る新道の開拓が、いよいよ実行されることになった。 町の附近にあるK温泉へ、今までは危い坂道で俥も通れなかったのを、今度その反対の側の森を切・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・と特記されているのであるが、秋に「父が死去したので、入学を取消し、家事の後始末をするため、荷物を背負って商いをやる。」一九〇八年。「家事整理の傍ら、受験勉強をなし、再び高等学校の入学試験に応ず。学科試験には優良の成績で及第したが、体格検査の・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫