・・・「僕はきのう本国の政府へ従軍したいと云う電報を打ったんだよ。」「それで?」「まだ何とも返事は来ない。」 僕等はいつか教文館の飾り窓の前へ通りかかった。半ば硝子に雪のつもった、電燈の明るい飾り窓の中にはタンクや毒瓦斯の写真版を・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・ 将軍を始め軍司令部や、兵站監部の将校たちは、外国の従軍武官たちと、その後の小高い土地に、ずらりと椅子を並べていた。そこには参謀肩章だの、副官の襷だのが見えるだけでも、一般兵卒の看客席より、遥かに空気が花やかだった。殊に外国の従軍武官は・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ そうそう、おれが従軍しようと思立った時、母もマリヤも止めはしなかったが、泣いたっけ。何がさて空想で眩んでいた此方の眼にその泪が這入るものか、おれの心一ツで親女房に憂目を見するという事に其時はツイ気が付かなんだが、今となって漸う漸う眼が・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 国木田独歩は、明治二十七八年の戦争の際、国民新聞の従軍記者として軍艦千代田に乗組んでいた。その従軍通信のはじめの方に、「余に一個の弟あり。今国民新聞社に勤む。去んぬる十三日、相携へて京橋なる新聞社に出勤せり。弟余を顧みて曰く、秀吉・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・前線へもゆきたがる作家を、陸軍の従軍報道班の人々は忍耐をもって、適当に案内し、見聞させ「戦争がその姿をあらわして来た」と亢奮をも味わせている。軍人は戦い、そして勝たなければならないという明瞭な目的によって貫かれている。居留民はそこにおける地・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・スペイン人民戦線軍に従軍したオーデンは進歩的な作家で、のちには中国の抗日戦にも参加し、「戦線への旅」という作品がある。 スペインの内乱とともにヨーロッパはますます戦争の危険にせまられた。エリカ・マンは、一九三六年、アメリカへゆき、スペイ・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・ だから、そういう時代に本をよみはじめる年ごろになった若いひとたちは、偶然よんだ小説が、竹田敏彦であったり、尾崎士郎の従軍記であったり、火野葦平の麦と兵隊であったりした。本をよむことそれ自体が、一人の人間の生活の環のひろがりを意味するし・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・稲畑、親子、 仏国の兵士の話、瀧口の話、従軍十二月 二日 最後の晩十二月 三日 立つ朝、寒いもやの濃い日、朝ミス ハセガワに会う。十一時出航、 自分から出した手紙の抜粋、三月一日付、 今日のよう・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・文化勲章は従軍徽章でないのである。藤村が、文学者の中に文学を理解しない者を発生させている時代的文化の貧困について語らなかったのは、あるいは一つの礼譲からであったろうか。〔一九三七年二月〕・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・すべての文学は戦争鼓吹の文学でなければならなかったが、戦争そのものが非人間的な本質だったから従軍作家の誰の書くものもそれぞれの作家の文学的力量を生かしきらず、その人びとの人間の味さえも殺した。私小説にゆきづまり、日本文学の社会性のせまさ、弱・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫