・・・何故というに、第一自分には日本の文章がよく書けない、日本の文章よりはロシアの文章の方がよく分るような気がする位で、即ち原文を味い得る力はあるが、これをリプロヂュースする力が伴うておらないのだ。 で、外に翻訳の方法はないものかと種々研究し・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・そういたしたら、今の苦しい心持を和げることが出来よう、わたくしはそこに安心を得ることが出来ようと存じたのでございます。こう云う意志であの手紙は書いたのでございます。そして一昨日までは自分でもたしかにそうだと信じていました。ただあとから考えて・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・そこで草臥た高慢の中にある騙された耳目は得べき物を得る時無く、己はこの部屋にこの町に辛抱して引き籠っているのだ。世間の者は己を省みないのが癖になって、己を平凡な奴だと思っているのだ。(家来来て桜実一皿を机の上に置き、バルコンの戸を鎖戸はまあ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・かつ蜜柑は最も長く貯え得るものであるから、食う人も自ら多いわけである。○くだものと余 余がくだものを好むのは病気のためであるか、他に原因があるか一向にわからん、子供の頃はいうまでもなく書生時代になっても菓物は好きであったから、二ヶ月の学・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・その見得るはずの大さは、 〇、〇〇〇一四粍 ですがこれは人によって見えたり見えなかったりするのです。一方、私共の眼に感ずる光の波長は、 〇、〇〇〇七六粍 乃至 〇・・・ 宮沢賢治 「手紙 三」
・・・純粋にそれを味わい得ることは稀だ」その純粋に経験された場合として、愛らしい夏子と村岡と夏子の死が扱われているわけなのだが、今日の時々刻々に私たちの生に登場して来ている愛と死の課題の生々しさ、切実さ複雑さは、それが夏子を殺した自然と一つもので・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・ そんならどうしてお許しを得るかというと、このたび殉死した人々の中の内藤長十郎元続が願った手段などがよい例である。長十郎は平生忠利の机廻りの用を勤めて、格別のご懇意をこうむったもので、病床を離れずに介抱をしていた。もはや本復は覚束ないと・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ しかし結局、身辺小説といわれているものに優れた作品の多いことは事実であり、またしたがって当然でもあるが、私はたとい愚作であろうとかまわないから、出来得る限り身辺小説は書きたくないつもりである。理由といっては特に目立った何ものもない。た・・・ 横光利一 「作家の生活」
フロベニウスの『アフリカ文化史』は、非常に優れた書であるとともにまた実におもしろい書である。そのおかげでニグロの生活は我々の追体験し得るものとなり、ニグロの文化は我々の理解し得るものとなる。我々はそれによっていわゆる未開人をいかに見る・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫