・・・すると数馬も得心したように、では思違いだったかも知れぬ、どうか心にかけられぬ様にと、今度は素直に申しました。その時はもう苦笑いよりは北叟笑んでいたことも覚えて居りまする。」「何をまた数馬は思い違えたのじゃ?」「それはわたくしにもわか・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・妻もやっと得心が行ったのでございましょう。それからは、「ただあなたがお気の毒ね」と申して、じっと私の顔を見つめたきり、涙を乾かしてしまいました。 閣下、私の二重人格が私に現れた、今日までの経過は、大体右のようなものでございます。私は、そ・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・その猿をとうとう得心させたのは確かに桃太郎の手腕である。桃太郎は猿を見上げたまま、日の丸の扇を使い使いわざと冷かにいい放した。「よしよし、では伴をするな。その代り鬼が島を征伐しても宝物は一つも分けてやらないぞ。」 欲の深い猿は円い眼・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・が、新蔵はそう聞いた所で、泰さんの云う事には得心出来ても、お敏の安否を気使う心に変りのある筈はありませんから、まだ険しい表情を眉の間に残したまま、「それにしても君、お敏の体に間違いのあるような事はないだろうね。」と、突っかかるように念を押す・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・「事業の経過はだいたい得心が行きました。そこでと」 父は開墾を委託する時に矢部と取り交わした契約書を、「緊要書類」と朱書きした大きな状袋から取り出して、「この契約書によると、成墾引継ぎのうえは全地積の三分の一をお礼としてあなたの・・・ 有島武郎 「親子」
・・・「それでは御得心でございますか」 腰元はその間に周旋せり。夫人は重げなる頭を掉りぬ。看護婦の一人は優しき声にて、「なぜ、そんなにおきらいあそばすの、ちっともいやなもんじゃございませんよ。うとうとあそばすと、すぐ済んでしまいます」・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ まだ私たち女の心は、貴下の年では得心が行 と繰返して、と熟と顔を凝視めながら、(人にも家にも代えられない、と浪ちゃん忘れないでおいでなさい。今に分ります……紅い木の実を沢山食べて、血の美しく綺麗な児には、そのかわり、火の粉・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・宗吉が世話になる、渠等なかまの、ほとんど首領とも言うべき、熊沢という、追て大実業家となると聞いた、絵に描いた化地蔵のような大漢が、そんじょその辺のを落籍したとは表向、得心させて、連出して、内証で囲っていたのであるから。 言うまでもなく商・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・二人が少しも隔意なき得心上の相談であったのだけれど、僕の方から言い出したばかりに、民子は妙に鬱ぎ込んで、まるで元気がなくなり、悄然としているのである。それを見ると僕もまたたまらなく気の毒になる。感情の一進一退はこんな風にもつれつつ危くなるの・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・話し合いで別れて、得心して妻を持たせながら、なおその男を思っているのは理屈に合わない。いくら理屈に合わなくとも、そういかないのが人間のあたりまえである。おとよ自身も、もう思うまいもう思うまいと、心にもがいているのだけれど、いくらもがいてもだ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
出典:青空文庫