・・・俺しは今日その商人を相手にしたのだから、先方の得手に乗せられては、みすみす自分で自分を馬鹿者にしていることになるのだ。といってからに俺しには商人のような嘘はできないのだから、無理押しにでも矢部の得手を封ずるほかはないではないか」 彼はそ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・鳶なら油揚も攫おうが、人間の手に持ったままを引手繰る段は、お互に得手でない。首尾よく、かちりと銜えてな、スポンと中庭を抜けたは可かったが、虹の目玉と云う件の代ものはどうだ、歯も立たぬ。や、堅いの候の。先祖以来、田螺を突つくに練えた口も、さて・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・もとの民子はそうでなかった。得手勝手な考えごとなどしているから、人の言うことも耳へ這入らないのだ……」 という様な随分痛い小言を云った。民子は母の枕元近くへいって、どうか私が悪かったのですから堪忍して……と両手をついてあやまった。そうす・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・手紙というもの、実にまどろこしく、ぼくには不得手。屡々、自分で何をかいたのか呆れる有様。近頃の句一つ。自嘲。歯こぼれし口の寂さや三ッ日月。やっぱり四五日中にそちらに行ってみたく思うが如何? 不一。黒田重治。太宰治様。」 月日。「・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 動物の目から見ればやはり人間は得手勝手なものに見えるであろう。氷海の無辜の住民たる白熊に対してはソビエト探険隊員は残虐なる暴君として血と生命との搾取者としてスクリーンの上に映写されるのである。 白熊がもしもチンパンジーであったら、・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・だが、こんなところから得たものか、作文は学校においても比較的得手であったように記憶している。 そのほか、自分の家から少しばかり離れた所に親戚があって、そこへ行くといつも書物を出しては、手当たり次第に読んでみた。その中でも「八犬伝」「三国・・・ 寺田寅彦 「わが中学時代の勉強法」
・・・めいめいが相談しあって、自分の一番得手な、やりたい技術でその仕事に参加する。或る子は一生懸命スターリンの論文をひっぱって論文を書く。或る子は絵でスケッチをやる。そうかと思うと詩がある。工場新聞の切りぬきに、自分の批評をつけたものを書くジャー・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・ ――我々ソヴェトの人間は短く話すのが得手でないんでね。 そう云って笑った。それから真面目につけ加えた。 ――五ヵ年計画そのものが小さい仕事じゃないからね! それは本当だ。うしろでこんな囁き声がする。 ――どうしたの! ・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ 両手でピアノ弾くようにする タイプライターのことなり「本の宣伝に来たとは思いませんが、得手が分らないんでね」 三月十三日の雪 もう芽ぐんだ桜の枝やザクロの枝を押しつけて、柔い雪が厚くつもった。 床の間に・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・個人が自分の不得手な表現を強いてするということは大変な精力の消耗だから。 ソヴェトが社会主義社会を建設しようとする大目的に向って基本的に決定している指導方向は断然一つだが、その中にある個性の尊重ということは非常に注意してやっている。活か・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
出典:青空文庫