・・・「顔出しだけでもいいんですから、ちょいとあちらへおいでなすッて下さい」と、例のお熊は障子の外から声をかけた。「静かにしておくれ。お客さまがいらッしゃるんだよ」「御免なさいまし」と、お熊は障子を開けて、「小万さんの花魁、どうも済み・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・先ずここらで御免を蒙ろう。 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・わたくしは何と仰ゃっても彼奴のいる傍へ出て行く事は出来ません。もしか明日の朝起きて見まして彼奴が消えて無くなっていれば天の助というものでございます。わたくしは御免を蒙りまして、お家の戸閉だけいたしまして、錠前の処へはお寺から頂いて来たお水で・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・石を建てても碑文だの碑銘だのいうは全く御免蒙りたい。句や歌を彫る事は七里ケッパイいやだ。もし名前でも彫るならなるべく字数を少くして悉く篆字にしてもらいたい。楷書いや。仮名は猶更。〔『ホトトギス』第二巻第十二号 明治32・9・10〕・・・ 正岡子規 「墓」
・・・耳を澄ましていると、「御免下さい」 婆さんが襖をあけた。「何にもありませんですがお仕度が出来ました、持って上ってようございますか」 陽子は気をとられていたので、いきなりぼんやりした。「え?」「御飯に致しましょうか」・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・兎に角この一山を退治ることは当分御免を蒙りたいと思って、用箪笥の上へ移したのである。 書いたら長くなったが、これは一秒時間の事である。 隣の間では、本能的掃除の音が歇んで、唐紙が開いた。膳が出た。 木村は根芋の這入っている味噌汁・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・もうこのくらいで御免を蒙りましょう。」わざと丁寧にこう云って、相手は溝端からちょっと高い街道にあがった。「そんな法はねえ。そりゃあ卑怯だ。おれはまるで馬鹿にされたようなものだ。銭は手めえが皆取ってしまったじゃないか。もっとやれ。」ツァウ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・「あなた、長い間、ほんとに済まなかったわ。御免してね。」「俺も、お前に、長い間世話になって、すまなかった。」と彼は漸くいった。 妻は顎をひいてしっかりと頷いた。「あたしほど、幸福なものは、なかったわ。あなたは、ひとりぼっちに・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・「冬になったら、この辺は早く暗くなるだろうね。」「三時半位です。」「早く寝るかね。」「いいえ。随分長く起きています。」こんな問答をしているうちに、エルリングは時計を見上げた。「御免なさい。丁度夜なかです。わたしはこれから海水浴を・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・そういうわけでまあ一年きりで御免をこうむったわけです。 先生のあげられたこの理由が、先生の大学に留まらなかった理由の全部であるかどうかは、わたくしは知らない。しかしもしそれだけであったならば、まことに惜しいことをしたとわたくしはその時に・・・ 和辻哲郎 「露伴先生の思い出」
出典:青空文庫