・・・ 母の枕もとの盆の上には、大神宮や氏神の御札が、柴又の帝釈の御影なぞと一しょに、並べ切れないほど並べてある。――母は上眼にその盆を見ながら、喘ぐように切れ切れな返事をした。「昨夜、あんまり、苦しかったものですから、――それでも今朝は・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・しかも御札を抛りこんだ、一の橋の橋杭の所にさ。ちょうど日の暮の上げ潮だったが、仕合せとあすこにもやっていた、石船の船頭が見つけてね。さあ、御客様だ、土左衛門だと云う騒ぎで、早速橋詰の交番へ届けたんだろう。僕が通りかかった時にゃ、もう巡査が来・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・京橋の誰それ、烏森の何の某、という風に、参詣した連中の残した御札がその御堂の周囲にべたべたと貼りつけてある。高い柱の上にも、正面の壁の上にも、それがある。思わずお三輪は旧い馴染の東京をそんなところに見つける気がして、雨にもまれ風にさらされた・・・ 島崎藤村 「食堂」
出典:青空文庫