・・・高津君ノ悔ミノ文ナドヲ凌駕スルコトト思召シ下サイ久シクオ目ニカカリマセヌガ、コレハアナタニバカリデナク、ドナタニモ同ジコトデ、先日チョット露伴君ヲタズネマシタノサエ二年ブリト申スヨウナ訳デス、昔ハ御機嫌伺イトイウ事モアリマシタガ、今デハ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・いやはや御機嫌を損ねてしもうた。と傍の空気枕を引き寄せて、善平は身を横にしながら、そうしたところを綱雄に見せてやりたいものだ。となおも冷かし顔。 ようございます。いつまでもお弄りなさいまし。父様はね、そんな風でね、私なんぞのこともね、蔭・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・そこには腰の低い小間物屋のおかみさんも店の外まで出て、おげんの近づくのを待っていて、「御隠居さま、どうかまあ御機嫌よう」 と手を揉み揉み挨拶した。 熊吉は往来で姉の風体を眺めて、子供のように噴飯したいような顔付を見せたが、やがて・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・村の金持の子供には、先生のほうから御機嫌をとらなくちゃいけないんだ。校長や、村長との関係も、それや、ややこしいんだぜ。言いたくもねえや。僕は、先生なんていやだ。僕は、本気に勉強したかったんだ。」「勉強したら、いいじゃないか。」根が、狭量・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・お母さんの気持に、ぴったり添ったいい娘でありたいし、それだからとて、へんに御機嫌とるのもいやなのだ。だまっていても、お母さん、私の気持をちゃんとわかって安心していらしったら、一番いいのだ。私は、どんなに、わがままでも、決して世間の物笑いにな・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・れるの、私ほんとうは、あなたたちの事なんだか恐しいの、相手のおかたが、あんまり綺麗すぎるわ、あなたを、うらやんでいるのかも知れないのね、と思っていることをそのまま申し述べましたら、芹川さんも晴れ晴れと御機嫌を直して、そこなのよ、あたし、家の・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・たまに訪ねて来る友人達の、御機嫌ばかりをとって暮していた。自分の醜態の前科を、恥じるどころか、幽かに誇ってさえいた。実に、破廉恥な、低能の時期であった。学校へもやはり、ほとんど出なかった。すべての努力を嫌い、のほほん顔でHを眺めて暮していた・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・また、叱られた供奴の、頭かきかき、なるほどねえ、考えれば考えるほど、こちとらの考え浅うござんした、えへっへっへ、と、なにちっとも考えてやしない、ただ主人への御機嫌買い。似ていないか、似ていないか、気にかかる。 似ていない。ちっとも、似て・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・そんなら皆さん御機嫌よくも云った積りなれどやゝ夢心地なればたしかならず。玄関を出れば人々も砂利を鳴らしてついて来る。用意の車五輌口々に何やら云えどよくは耳に入らず。から/\と引き出せば後にまた御機嫌ようの声々あまり悪からぬものなり。見返る門・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・これを食わないと婆さんすこぶる御機嫌が悪いのさ」「食えばどうかするのかい」「何でも厄病除のまじないだそうだ。そうして婆さんの理由が面白い。日本中どこの宿屋へ泊っても朝、梅干を出さない所はない。まじないが利かなければ、こんなに一般の習・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫