・・・こちらは寺田屋の御寮人様で、あ、そうでございましたかと登勢の顔を見るなり言うのには、じつは手前どもはもう三年前からこちらの御主人にお世話をしていただいておりましたが、一度御寮人様にそのことでお詫びやら御礼かたがた御挨拶に上らねばと思いながら・・・ 織田作之助 「螢」
・・・指の傷が癒ったので、天理様へ御礼に行って来いと母に言われ、近所の人に連れられて、そのお礼も済ませて来た。その人がこの近所では最も熱心な信者だった。「荷札は?」信子の大きな行李を縛ってやっていた兄がそう言った。「何を立って見とるのや」・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・郎と申しますもので、藤吉初めお俊がこれまでいろいろお世話様になりましたにつきましては、お礼の申し上げようもございません、別してお俊が厚いお情をこうむりました儀につきましては藤吉に代りまして私より十分の御礼を申し上げます。つきましては、お俊儀・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 先日は、短篇集とお手紙を戴きました。御礼おくれて申しわけありませんでした。短篇集は、いずれゆっくり拝読させて戴くつもりです。まずは、御礼まで。草々。 十八日井原退蔵 木戸一郎様 一枚の葉書の始末に窮して、机・・・ 太宰治 「風の便り」
師走上旬 月日。「拝復。お言いつけの原稿用紙五百枚、御入手の趣、小生も安心いたしました。毎度の御引立、あり難く御礼申しあげます。しかも、このたびの御手簡には、小生ごときにまで誠実懇切の御忠告、あまり文壇・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ まず招待を受けた時には、すぐさま招待の御礼を言上しなければならぬ。これは、会主のお宅へ参上してお礼を申し上げるのが本式なのであるが、手紙でも差しつかえ無い。ただ、その御礼の手紙には、必ず当日は出席する、と、その必ずという文字を忘れては・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・それで何でも人からくれるものが善いものであれば何もおせっかいな詮議などはしないで単純にそれを貰って、直接くれたその人に御礼を云うのが、通例最も賢い人であり、いつでも最も幸福な人である。」 この文辞の間にはラスキンの癇癪から出た皮肉も交じ・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・中途から退席して表へ出で入り口を見ると「満員御礼」とはり札がしてあった。「唐人お吉」にしても同様であった。 これらの邦劇映画を見て気のつくことは、第一に芝居の定型にとらわれ過ぎていることである、書き割りを背にして檜舞台を踏んでフートライ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・お主の細工ものの様な足が一寸も休まずに歩くのを見ると目の廻るほど私は気にかかる――精女 いつもいつも御親切さまに御気をつけ下さいましてほんとうにマア、厚く御礼は申しあげますが急いで居りますから――この山羊の乳を早くもって参らなくてはなり・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・貴方みたいな人の好い事ばかり云って居る人は、自分の首をちょんぎられても御礼を云うんでしょう。 馬鹿馬鹿しい。 ほんとに『阿呆らしい』ってのは、こう云う事を云うじゃありませんか。 ああ、ああ。 お金は、黒ずんだ歯茎をむき出・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫