・・・ そんなに沈んだ泣いた眼をして居ると御前の美くしさは早く老いてしまうから――誰かが御身をつらくしたなら私は自分はどうされても仇をうってあげるだけの勇気を持って居るのだよ。精女 誰にもどうもされたのではございませんけれ共――今ここに参りま・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ いつにないするどい調子なので乳母はまごつきながらわびる様な声で、「どうぞ御怒り遊ばないで下さいまし、自分の先が短いので息のある中に御身もきめてしまいたし私どもあんまり心配なのでつい申し上げたのでございますから。そんなに立派な御心と・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・それになんじゃ。御身が家の下人の詮議か。当山は勅願の寺院で、三門には勅額をかけ、七重の塔には宸翰金字の経文が蔵めてある。ここで狼藉を働かれると、国守は検校の責めを問われるのじゃ。また総本山東大寺に訴えたら、都からどのような御沙汰があろうも知・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・ 近処のものは、折ふし怪しからぬお噂をする事があって、冬の夜、炉の周囲をとりまいては、不断こわがってる殿様が聞咎めでもなさるかのように、つむりを集めて潜々声に、御身分違の奥様をお迎えなさったという話を、殿様のお家柄にあるまじき瑕瑾のよう・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫