・・・ 三 こんな年していうことの、世帯じみたも暮向き、塩焼く煙も一列に、おなじ霞の藁屋同士と、女房は打微笑み、「どうも、三ちゃん、感心に所帯じみたことをおいいだねえ。」 奴は心づいて笑い出し、「ははは、所・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ といいかけてまず微笑みぬ。年紀は三十に近かるべし、色白く妍き女の、目の働き活々して風采の侠なるが、扱帯きりりと裳を深く、凜々しげなる扮装しつ。中ざしキラキラとさし込みつつ、円髷の艶かなる、旧わが居たる町に住みて、亡き母上とも往来しき。・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ミリヤアドとばかりもわが口には得出ででなむ、強いて微笑みしが我ながら寂しかりき。 高津の手なる桃色の絹の手巾は、はらりと掌に広がりて、軽くミリヤアドの目のあたり拭いたり。「汗ですよ、熱がひどうござんすから。」 頬のあたりをまた拭・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・白木一彫、群青の御髪にして、一点の朱の唇、打微笑みつつ、爺を、銑吉を、見そなわす。「南無普門品第二十五。」「失礼だけれど、准胝観音でいらっしゃるね。」「はあい、そうでがすべ。和尚どのが、覚えにくい名を称えさっしゃる。南無普門品第・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ やがて博士は、特等室にただ一人、膝も胸も、しどけない、けろんとした狂女に、何と……手に剃刀を持たせながら、臥床に跪いて、その胸に額を埋めて、ひしと縋って、潸然として泣きながら、微笑みながら、身も世も忘れて愚に返ったように、だらしなく、・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・落人のそれならで、そよと鳴る風鈴も、人は昼寝の夢にさえ、我名を呼んで、讃美し、歎賞する、微妙なる音響、と聞えて、その都度、ハッと隠れ忍んで、微笑み微笑み通ると思え。 深張の涼傘の影ながら、なお面影は透き、色香は仄めく……心地すれば、誰憚・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ わざと怨ずれば少年は微笑みて、「余ってるよ、奥様はけちだねえ。」 と湯呑を返せり。お貞は手に取りて中を覗き、「何だ、けも残しゃアしない。」 と底の方に残りたるを、薬のように仰ぎ飲みつ。「まあ、芳さんお坐ンな、そうし・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ 少女は、さびしそうに、娘の顔を見て、微笑みながら、「わたしの家は、遠いんですの……。」と答えました。 娘は、聞いてびっくりしました。「あなたは、こんなに暗くなって、どうしてお家へお帰りになることができるのですか……。きたな・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・と、博士は、微笑みながら、いったのであります。「じゃ、人形を送ってください。」と、信吉はいいました。「人形? 人形とはおもしろい。どんな人形がいいかな。」 博士は、眼鏡の中の目を細くしながら、「君には、埴輪がいいだろう。東京・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・少年は光治を見ると、やはり懐かしそうに微笑みました。光治も打ち解けて少年のそばに寄って絵を見ますと、青々とした水の色や、その水の上に映っている木立の影などが、どうしてこうよく色が出ているかと驚かれるほど美しく写されていたのであります。光治は・・・ 小川未明 「どこで笛吹く」
出典:青空文庫