・・・ そこで、丹造は直営店の乾某がかつて呼吸器を痛めた経験があるを奇貨とし、主恩で縛りあげて、無理矢理に出鱈目の感謝状と写真を徴発した。これが大正十年、肺病全快広告としてあらわれた写真の嚆矢である。 ついで、彼は全国の支店、直営店へ、肺・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・――というのは、つまり隊長に言わせれば、「お前たちは俺の酒の肴になると同時に、俺の酒の肴の徴発もしなければならんぞ」 という意味なのである。 言いかえれば、赤井、白崎の二人は、浪花節、逆立ちを或いは上手に或いは下手に隊長の前でや・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・また、金は払うと云いつつ、当然のように、仔をはらんでいる豚を徴発して行かれたことがあった。畑は荒された。いつ自分達の傍で戦争をして、流れだまがとんで来るかしれなかった。彼は用事もないのに、わざわざシベリアへやって来た日本人を呪っていた。・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・強制的に蕃人の作ったものを徴発したのだ。潭水湖の電気事業工事のために、一日十五六時間働かして僅かに七銭か八銭しか賃銀を与えず、蕃人に労働を強要したのだ。そしてその電気事業のために、蕃人の家屋や耕作地を没収しようとしたのだ。蕃人の生活は極端に・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・同日午後五時に、山本伯の内閣が出来上り、それと同時に非常徴発令を発布して、東京および各地方から、食料品、飲料、薪炭その他の燃料、家屋、建築材料、薬品、衛生材料、船その他の運ぱん具、電線、労務を徴発する方法をつけ、まず市内の自動車数百だいをと・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・上陸当座はいっしょによく徴発に行ったっけ。豚を逐い廻したッけ。けれどあの男はもはやこの世の中にいないのだ。いないとはどうしても思えん。思えんがいないのだ。 褐色の道路を、糧餉を満載した車がぞろぞろ行く。騾車、驢車、支那人の爺のウオウオウ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 現今大戦の影響であらゆる科学は応用の方面に徴発されている。応用方面の刺戟で科学の進歩する事は日常の事であるから、このために科学が各方面に進歩する事は疑いを容れない。これは誠に喜ぶべき事である。しかしその半面の随伴現象としていわゆる骨董・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・そうして口の上に陣取って食物の検査役をつとめる鼻までも徴発して言語係を兼務させいわゆる鼻音の役を受け持たせているのである。造化の設計の巧妙さはこんなところにも歴然とうかがわれておもしろい。 こおろぎやおけらのような虫の食道には横道にその・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 欧洲大戦が始まって以来あらゆる科学が徴発されている。気象学の知識を借りなければならぬ事柄も少なくないようである。例えば毒ガスの使用などでも適当な風向きの時を選ぶは勿論、その風向きが使用中に逆変せぬような場合を選ばなければならない。本年・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・ェーの創設者たる松山画伯にして、狡智に長けたること、若しかの博文館が二十年前に出版した書物の版権を、今更云々して賠償金を取立てるがように、カッフェーという名称を用いる都下の店に対して一軒一軒、賠償金を徴発していたら、今頃は松山さんの家は朱頓・・・ 永井荷風 「申訳」
出典:青空文庫