・・・ 我が輩ひと通りの考にては、この言はまったく俗吏論にして、学者の心事を知らざるものなりと一抹し去らんとしたれども、また退いて再考すれば、学者先生の中にもずいぶん俗なる者なきに非ず、あるいは稀には何官・何等出仕の栄をもって得々たる者もあら・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ 二十四、五歳以上にて漢書をよく読むという人、洋学に入る者あれども、智恵ばかり先ばしりて、乙に私の議論を貯えて心事多きゆえ、横文字の苦学に堪えず、一年を経ずして、ついに自から廃し、またもとの漢学に帰る者ままこれあり。この輩はもと文才・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・人の心事とその喜憂栄辱との関係もまた斯のごとし。喜憂栄辱は常に心事に従て変化するものにして、その大に変ずるに至ては、昨日の栄として喜びしものも、今日は辱としてこれを憂ることあり。学校の教は人の心事を高尚遠大にして事物の比較をなし、事変の原因・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・他なし、自己の幸福、社会の安全に関係するところのものなれども、ただ審判の力に乏しくして、あるいは事の成を期すること急に過ぎ、あるいはその事を施行すること劇に過ぎて、心事の本色を現わすこと能わざるのみ。 たとえば少年の勇士が死を決して自か・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・聾盲とみに耳目を開きて声色に逢うが如く、一時は心事を顛覆するや必せり。心事顛覆したり、また判断の明識あるべからず。かくの如きはすなわち、辛苦数年、順良の生徒を養育して、一夜の演説、もってその所得を一掃したるものというべし。 ただにこれを・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・知らせんものをと思う一心よりこれを出版して、存外によく売れたるにつき、これは面白しとて、また出版すれば、また売れ、ついに図らざる利益を得たることにして、あるいはこれに反対して利益なかりしとても、さまで心事の齟齬したるものにあらざればなり。・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・少年を率いて学に就かしめ、習字・素読よりようやく高きに登り、やや事物の理を解して心事の方向を定むるにいたるまでは、速くして五年、尋常にして七年を要すべし。これを草木の肥料に譬うれば、感応のもっとも遅々たるものというべし。 また、草木は肥・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・の軍艦咸臨丸が、清水港に撃たれたるときに戦没したる春山弁造以下脱走士の為めに建てたるものにして、碑の背面に食人之食者死人之事の九字を大書して榎本武揚と記し、公衆の観に任して憚るところなきを見れば、その心事の大概は窺知るに足るべし。すなわち氏・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・その善行なり、悪行なりの素因を万人は彼等の心事に見出そうとするように、私共が、或る国民の生活を観察する場合、漠然となりとも正鵠を得た、民族的気質を知らなければいけないと思うのです。 それなら、米国人は、どんな気質、性格を持っているでしょ・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・として非難するのは、あまりに自己の卑しい心事をもって他を忖度し過ぎると思う。先生は博士制度が世間的にもまた学界のためにも非常に多くの弊害を伴なう事実に対して怒りを感じた。その内にひそむ虚偽、不公平、私情などに対して正義の情熱の燃え上がるのを・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫