・・・それならばお心安い。」 きびらを剥いで、すっぱりと脱ぎ放した。畚褌の肥大裸体で、「それ、貴方。……お脱ぎなすって。」 と毛むくじゃらの大胡座を掻く。 呆気に取られて立すくむと、「おお、これ、あんた、あんたも衣ものを脱ぎな・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・も安く心も暢びて、愉快に熟睡されると聞くが、自分の今夜の状態はそれに等しいのであるが、将来の事はまだ考える余裕も無い、煩悶苦悩決せんとして決し得なかった問題が解決してしまった自分は、この数日来に無い、心安い熟睡を遂げた。頭を曲げ手足を縮め海・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・わたくしは議事堂に心安いものを持っています。食堂の給仕をいたしております。もしこれから何か御用がおありなさるなら、その男をお使い下さるようにお願い申します。確かな男でございます。」 おれの考えは少々違っていた。果せるかな、使は包みを一つ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ いつ呼んでも来て呉れる心安い、明けっぱなしで居られる友達の有難味を、離れるとしみじみと感じる。 彼の人が来れば仕事の有る時は、一人放って置いて仕事をし、暇な時は寄っかかりっこをしながら他愛もない事を云って一日位座り込んで居る。・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・ 完全四度の音程のその音は三角派の絵の様に奇怪なそしてどっかに心安い安らかな思いのこもった響でその余韻には鋭い皮肉がふくまれていかにも官能的な音であった。「ねえ、ワイルドの作品の様な―― 音をききすます様な目をして千世子・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・私は菊太の男の子に十三より上のがないと云うのが何だか心安い。他人が聞いたら笑う事に違いない。 あんまり空想的な事だとは思うけれ共、両親の苦しめられると思う心がつのって小作の十八九の無分別な児が、鎌を持って待ちぶせたと云う事を聞いた事を思・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・出迎をした親類や心安い人の中には、邸まで附いて来たのもあって、五条家ではそう云う人達に、一寸した肴で酒を出した。それが済んだ跡で、子爵と秀麿との間に、こんな対話があった。 子爵は袴を着けて据わって、刻煙草を煙管で飲んでいたが、痩せた顔の・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・そこで私は君を、私の心安い宿屋に紹介する。宿屋では私に対する信用で、君を泊まらせて食わせて置く。その間に私は君のために位置を求める。それも、君だけの材能があって見れば、多少の心当がないでもない。若し旨く行ったら、君は自ら贏ち得た報酬で宿屋の・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫