・・・すると君、ほかの連中が気を廻わすのを義理だと心得た顔色で、わいわい騒ぎ立てたんだ。何しろ主人役が音頭をとって、逐一白状に及ばない中は、席を立たせないと云うんだから、始末が悪い。そこで、僕は志村のペパミントの話をして、「これは私の親友に臂を食・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・仁右衛門は固より明盲だったが、農場でも漁場でも鉱山でも飯を食うためにはそういう紙の端に盲判を押さなければならないという事は心得ていた。彼れは腹がけの丼の中を探り廻わしてぼろぼろの紙の塊をつかみ出した。そして筍の皮を剥ぐように幾枚もの紙を剥が・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・一所になってあげましょうから、他の方に心得違をしてはなりません。」と強くいうのが優しくなって、果は涙になるばかり、念被観音力観音の柳の露より身にしみじみと、里見は取られた手が震えた。 後にも前にも左右にもすくすくと人の影。「あッ。」・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ヘイ、わしこの辺のことよう心得てますが、耳が遠うござりますので、じゅうぶんご案内ができないが残念でござります、ヘイ」「鵜島へは何里あるかい」「ヘイ、この海がはば一里、長さ三里でござります。そのちょうどまんなかに島があります。舟津から・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・ 馬琴は若い時、医を志したので多少は医者の心得もあったらしい。医者の不養生というほどでもなかったろうが、平生頑健な上に右眼を失ってもさして不自由しなかったので、一つはその頃は碌な町医者がなかったからであろう、碌な手当もしないで棄て置いた・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・いったい、医者というものをなんと心得「おじいさん、せっかくだが、私は、これから急病人の迎えを受けているので、出かけなければならないのだ。だからすぐみてあげることができない。どうか、よそへいってもらいたい。」 院長は、そばに、まごまご・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・生島氏はアラビヤ語の心得が多少あったが、「キャッキャッ」という語はいまだ知らない。恐らく古代アラビヤ語であろう、アラビヤ語は辞典がないので困るんだ、しかし、織田君はなかなか学があるね、見直したよとその学生に語ったということである。読者や批評・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・まだ二三日は命が繋がれようというもの、それそれ生理心得草に、水さえあらば食物なくとも人は能く一週間以上活くべしとあった。又餓死をした人の話が出ていたが、その人は水を飲でいたばかりに永く死切れなかったという。 それが如何した? 此上五六日・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・そして自分の無能と不心得から、無惨にも離散になっている妻子供をまとめて、謙遜な気持で継母の畠仕事の手伝いをして働こう。そして最も素朴な真実な芸術を作ろう……」などと、それからそれと楽しい空想に追われて、数日来の激しい疲労にもかかわらず、彼は・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・光代の振舞いのなお心得ぬ。あるいは、とばかり疑いしが、色にも見せずあくまで快げに装いぬ。傲然として鼻の先にあしらうごとき綱雄の仕打ちには、幾たびか心を傷つけられながらも、人慣れたる身はさりげなく打ち笑えど、綱雄はさらに取り合う気色もなく、光・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫