・・・ニイチェほどに、矛盾を多分に有した複雑の思想家はなく、ニイチェほどに、残忍辛辣のメスをふるつて、人間心理の秘密を切りひらいた哲学者はない。ニイチェの深さは地獄に達し、ニイチェの高さは天に届く。いかなる人の自負心をもつてしても、十九世紀以来の・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・けだし心理を知る者、必ずしも徳行の君子に非ず、徳行の君子、つねに心理学に明らかなるものに非ず。両者の間に区別あるは、もとより論をまたざるところなり。本書すでに教科書の名あるからには、これによりて少年学生輩の徳心を誘導して、純良の君子たらしめ・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・ そこで、心理学の研究に入った。 古人は精神的に「仁」を養ったが、我々新時代の人は物理的に養うべきではなかろうかという考になった。 心理学、医学に次いで、生理心理学を研究し始めた。是等に関する英書は随分蒐めたもので、殆ど十何年間・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・しかしこんなのが女にありそうな心理状態だと思うと、特別の面白みがある。 ピエエル・オオビュルナンはわざとらしく口の内でつぶやいた。「ああ。そんな事はどうでもいいのだ。十六年前の事を思ってみると、あのマドレエヌと云う女は馬鹿に美しい女だっ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・今この陰気な非学術的思想を動物心理学的に批判して見よう。 ビジテリアンたちは動物が可哀そうだから食べないという。動物が可哀そうだということがどうしてわかるか。ただこっちが可哀そうだと思うだけである。全体豚などが死というような高等な観念を・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・溝口氏が益々奥ゆきとリズムとをもって心理描写を行うようになり、ロマンティシズムを語る素材が拡大され、男らしい生きてとして重さ、明察を加えて行ったらば、まことに見ものであると思う。〔一九三七年六月〕・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・ことを、精しく子爵の所へ知らせてよこしたが、その中にはイタリア復興時代だとか、宗教革新の起原だとか云うような、歴史その物の講義と、史的研究の原理と云うような、抽象的な史学の講義とがあるかと思うと、民族心理学やら神話成立やらがある。プラグマチ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ですけれどそれを申さないのが女の心理上の持前なのでございますわ。男。ああ。わたくしはなんと云う馬鹿でしょう。貴夫人。まあ、それはそうといたして置いて、あとをお話申しましょうね。さっき申しましたでしょう。最初はあなたが送ってやろうとお・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・佐助の眼を突く心理を少しも書かずに、あの作を救おうという大望の前で、作者の顔はこの誤魔化しをどうすれば通り抜けられるかと一身に考えふけっているところが見えてくるのである。 佐藤春夫氏は極力作者に代って弁解されたが、あの氏の弁明は要するに・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・また心理と自然と社会との観察者としても、ロシアの巨人の塁を摩する。彼もまた「人間」の運命を描いた。そして我々に新しいファウストを与えた。 私は近ごろ彼の『赤い室』をゾラの『パリ』と比較してみた。彼がゾラの影響の下にその処女作を書いたこと・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫