・・・それが小学校に於て児童の事に関して存在するを見るのは誠に忌まわしいものだ。 小学校の教育が学術そのものよりも人間の感化にある事は何人も認めている事である。人間の感化とは生徒それ自身の有する各違った個性を成長させることに外ならぬ。今の教育・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・私の親戚のあわて者は、私の作品がどの新聞、雑誌を見ても、げす、悪達者、下品、職人根性、町人魂、俗悪、エロ、発疹チブス、害毒、人間冒涜、軽佻浮薄などという忌まわしい言葉で罵倒されているのを見て、こんなに悪評を蒙っているのでは、とても原稿かせぎ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・するとこの兄が自分の弟の引込思案でただ家にばかり引籠っているのを非常に忌まわしいもののように考えるのです。必竟は釣をしないからああいう風に厭世的になるのだと合点して、むやみに弟を釣に引張り出そうとするのです。弟はまたそれが不愉快でたまらない・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・そして忌まわしい世に別れを告げてしまった。 その同じ時刻に、安岡が最期の息を吐き出す時に、旅行先で深谷が行方不明になった。 数日後、深谷の屍骸が渚に打ち上げられていた。その死体は、大理石のように半透明であった。・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・「聞くも忌まわしい。この最中に何とて人に逢う暇が……」 一たびは言い放して見たが、思い直せば夫や聟の身の上も気にかかるのでふたたび言葉を更めて、「さばれ、否、呼び入れよ。すこしく問おうこともあれば」 畏まって下男は起って行く・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫