・・・どうかあなたの下部、オルガンティノに、勇気と忍耐とを御授け下さい。――」 その時ふとオルガンティノは、鶏の鳴き声を聞いたように思った。が、それには注意もせず、さらにこう祈祷の言葉を続けた。「私は使命を果すためには、この国の山川に潜ん・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・しかし兄に僕の近況を報ずるとなると、まずこんなことを報ずるよりほかに事件らしい事件を持ち合わさない僕のことだから、兄の方で忍耐してそれを読むほかに策はあるまい。 僕の言ったことに対してとにかく親切な批評を与えたのは堺氏と片山氏とだった。・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ 僕はその大エネルギと絶対忍耐性とを身にしみ込むほど羨ましく思ったが、死に至るまで古典的な態度をもって安心していたのを物足りないように思った。デカダンはむしろ不安を不安のままに出発するのだ。 こんな理屈ッぽい考えを浮べながら筆を走ら・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・自由宗教より来る熱誠と忍耐と、これに加うるに大樅、小樅の不思議なる能力とによりて、彼らの荒れたる国を挽回したのであります。 ダルガスの他の事業について私は今ここに語るの時をもちません。彼はいかにして砂地を田園に化せしか、いかにして沼地の・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・そんなときは、少年は気恥ずかしい思いがして、穴の中へでも入りたいような気がしましたが、早く温泉場へいって、病気をなおしてから働くということを考えると、恥ずかしいのも忘れて、どんなつらいことも忍耐をする勇気が起こったのです。 こうしておお・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・眠ることの出来ない孤独の我が心を、昵として淋しくしているだけの忍耐が出来なかった。 其処で、私は、眠ている祖母の傍に行って揺って起こそうとした。すると母は、『お前、昼眠をせんで起きているのか、頭に悪いから斯様熱いのに外へは出られんから少・・・ 小川未明 「感覚の回生」
・・・ただ注意することは、第一に、なにごとも忍耐だ。つぎに、男子というものは、心に思ったことは、はきはきと返事をすることを忘れてはならぬ。これは、使われるものの心得おくべきことだ。」といわれたのでした。 賢一は、老先生のお言葉をありがたく思い・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・その感情に表裏がなく、一たび恩を感ずれば、到底人間の及ばぬ忍耐と忠実とを示して来たのであります。そこには、ただ本能としてのみ看過されないものがある。これに比して人間は、ただ利害によって彼等を裏切ることをなんとも思っていない。それは、自己防衛・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・が、それにはよほどの熱誠と忍耐とがいるものだ。 が、それにもかかわらずどうしてもうまくいかぬことがある。これが失恋のひとつの場合である。その淋しさはいうまでもない。この寂寥を経験した人は実に多い。 それから誓いあった相手に裏切られた・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 君臣、師弟、朋友の結合も素より忍耐と操持とをもってではあるが終わりを全うするものもあるのであって、かような有終の美こそ実に心にくきものである。自分の如きは一生を回顧して中絶した人倫関係の少なくないのを嘆かずにはいられない。それはやはり・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
出典:青空文庫