・・・ 恩給がほしさに、すべてを軍隊で忍耐している。そんな看護長だった。恩給のことなら百科辞典以上に知りぬいていた。「一等卒。」「ま、五項症に相当するとして……増加がついて二百二十円か。」 足のさきから腰まで樋のような副木にからみ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・為吉はどこまでも落ちついて忍耐強かった。朝早くから、晩におそくまで田畑で働き、夜は、欠かさず夜なべをした。一銭でも借金を少くしたかったのである。 おしかはぶつ/\云い乍らも、為吉が夜なべをつゞけていると、それを放っておいて寝るようなこと・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・で歩くのであるから、忍耐に忍耐しきれなくなって怖くもなって来れば悲しくもなって来る、とうとう眼を凹ませて死にそうになって家へ帰って、物置の隅で人知れず三時間も寐てその疲労を癒したのであった。そこでその四五日は雁坂の山を望んでは、ああとてもあ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・千の主張よりも、一つの忍耐。」「いや、千の知識よりも、一つの行動。」「そうして君に出来る唯一の行動は、まっぱだかで人喰い川を泳ぐだけのものじゃないか。ぶんを知らなくちゃいけない。」私は、勝ったと思った。「さっきは、あれは、特別な・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・「ひとの忍耐にも限りがある。一体、それは何だね。」「ネロの伝記だ。暴君ネロ。あいつだって、そんなに悪い奴でも無かったのさ。」不覚にも蒼ざめている。美濃は自身のその興奮に気づいて、無理に、にやにや笑いだした。「これから面白くなるのだがな。・・・ 太宰治 「古典風」
・・・じゃあ、忍耐。」「むずかしいのねえ、私は、苦労。」「向上心。」「デカダン。」「おとといのお天気。」「私。」Kである。「僕。」「じゃあ、私も、――私。」火が消えた。芸者のまけである。「だって、むずかしいんだもの・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・元来、私は、木村氏でも神崎氏でも、また韓信の場合にしても、その忍耐心に対して感心するよりは、あのひとたちが、それぞれの無頼漢に対して抱いていた無言の底知れぬ軽蔑感を考えて、かえってイヤミなキザなものしか感じる事が出来なかったのである。よく居・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・ある先生方からは研究に対する根気と忍耐と誠実とを授けられた。熱と根気さえあれば白痴でない限り誰でもいくらかの貢献を科学の世界に齎し得るものであるという確信を、先生や先輩に授けられたことが一番尊い賜物であるように思われる。 科学の知識はそ・・・ 寺田寅彦 「雑感」
・・・これを製作する監督、またそれを享楽する映画ファンの忍耐心の強いのは驚嘆すべきものである。そうしてまた、あれだけ大勢があれだけ多数の大刀を振廻わして、そうして誰も怪我をしないようにするという芸術はおそらく世界にユニークなものであろう。そう思っ・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・実験を授ける効果はただ若干の事実をよく理解し記憶させるというだけではなく、これによって生徒の自発的研究心を喚起し、観察力を練り、また困難に遭遇してもひるまずこれに打勝つ忍耐の習慣も養い、困難に打勝った時の愉快をも味わわしめる事が出来る。その・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
出典:青空文庫