・・・角町の角をまがりかけた時、芸者の事をきくと、栄子は富士前小学校の同級生で、引手茶屋何々家の娘だと答えたが、その言葉の中に栄子は芸者を芸者衆といい、踊子の自分よりも芸者衆の方が一だん女としての地位が上であるような言方をした。これに依って、わた・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・と例の髯が無造作に答える。「どうして?」「わしのはこうじゃ」と語り出そうとする時、蚊遣火が消えて、暗きに潜めるがつと出でて頸筋にあたりをちくと刺す。「灰が湿っているのか知らん」と女が蚊遣筒を引き寄せて蓋をとると、赤い絹糸で括りつけた蚊遣・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・ドストエフスキーが愛児を失った時、また子供ができるだろうといって慰めた人があった、氏はこれに答えて“How can I love another Child? What I want is Sonia.”といったということがある。親の愛は実・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・と私は答えた。私の右腕を掴んでた男が、「こっちだ」と云いながら先へ立った。 私は十分警戒した。こいつ等三人で、五十銭やそこらの見料で一体何を私に見せようとするんだろう。然も奴等は前払で取っているんだ、若し私がお芽出度く、ほんとに何かが見・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・と、西宮も判然とは答えかねた。 吉里はしばらく考え、「あんまり未練らしいけれどもね、後生ですから、明日にも、も一遍連れて来て下さいよ」と、顔を赧くしながら西宮を見る。「もう一遍」「ええ。故郷へ発程までに、もう一遍御一緒に来て下さ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 日本の教育がなにゆえにかくも齟齬したるやと尋ぬるに、教育さえ行きとどけば、文明の進歩、一切万事、意の如くならざるはなしと信じて、かえってその教育を人間世界に用うるの工風を忘れたるの罪なりと答えざるをえず。人間世界は存外に広くして存外に・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・ 曙覧の歌は比較的に何集の歌に最も似たりやと問わば、我れも人も一斉に『万葉』に似たりと答えん。彼が『古今』、『新古今』を学ばずして『万葉』を学びたる卓見はわが第一に賞揚せんとするところなり。彼が『万葉』を学んで比較的善くこれを模し得たる・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・も一つが答えました。「そうだ。わすれていた。ぼく水とうに水をつめておくんだった。」「ぼくはね、水とうのほかにはっか水を用意したよ。すこしやろうか。旅へ出てあんまり心持ちのわるいときはちょっと飲むといいっておっかさんがいったぜ。」・・・ 宮沢賢治 「いちょうの実」
・・・と答えた。――忠一や篤介と岡本は仲が悪く、彼等は彼女がその部屋におるのに庭を見ながら、「おい、うらなりだね」「西瓜糖はとれないってさ」などといった。無遠慮な口を、岡本はまるで聞えなかったように、「忠一さま、お茶さし上げま・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・』 卓の一端に座っていたアウシュコルンは答えた、『わしはここにいるよ。』 そこで伍長はまた、言った、『アウシュコルン、お前ちょっとわたしといっしょに役場に来てくれまいか。メイル殿がお前と話したいことがあるそうで。』 アウ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫