・・・ 尉官は眉を動かしぬ。「ふむ。しかし通、吾を良人とした以上は、汝、妻たる節操は守ろうな。」 お通は屹と面を上げつ、「いいえ、出来さえすれば破ります。」 尉官は怒気心頭を衝きて烈火のごとく、「何だ!」 とその言を再・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・ この次郎の怒気を帯びた調子が、はげしく私の胸を打った。 兄とは言っても、そのころの次郎はようやく十三歳ぐらいの子供だった。日ごろ感じやすく、涙もろく、それだけ激しやすい次郎は、私の陰に隠れて泣いている妹を見ると、さもいまいましそう・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・そして怒気を帯びて下女の前に一歩進んだ。下女は驚いて覚えず壁際まで跡しざりをした。「奥さんにそう云ってくれ。お手紙には及びません。どうぞお構い下さらないようにとそう云ってくれ。」こう言い放ってオオビュルナンは客間を出た。脚本なら「退場」と括・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・わり込んで腰をおろした女の人たちの二人は、守衛さんが云々とそれを楯に動こうとせず、先着の一人が化粧の顔に怒気を浮べて、わたしはひとの席までとっては、よう座りませんからと啖呵を切るようにしたら、守衛も、ここのところは先着の人に坐らして下さいと・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
出典:青空文庫