・・・然るに今新に書を著わし、盗賊又は乱暴者あらば之を取押えたる上にて、打つなり斬るなり思う存分にして懲らしめよ。況んや親の敵は不倶戴天の讐なり。政府の手を煩わすに及ばず、孝子の義務として之を討取る可し。曾我の五郎十郎こそ千載の誉れ、末代の手本な・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 斯くいえばとて、強ちに実際にある某の事某の物の中に某の意全く見われたりと思うべからず。某の事物には各其特有の形状備りあれば、某の意も之が為に隠蔽せらるる所ありて明白に見われがたし。之を譬うるに張三も人なり、李四も亦人なり。人に二なけれ・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・しかしこんなのが女にありそうな心理状態だと思うと、特別の面白みがある。 ピエエル・オオビュルナンはわざとらしく口の内でつぶやいた。「ああ。そんな事はどうでもいいのだ。十六年前の事を思ってみると、あのマドレエヌと云う女は馬鹿に美しい女だっ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・これからは善と悪とが己を自由に動かして、己を喜ばせたり怒らせたりするようにしようと思う。そうしたならば今まで影のように思っていた世の中の物事が生きて働くようになろう。そうしたら受ける身も授ける身も今までのように冷かになっていないで、到る処生・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・〔『日本』明治三十二年三月二十三日〕 余は思う、曙覧の貧は一般文人の貧よりも更に貧にして、貧曙覧が安心の度は一般貧文人の安心よりも更に堅固なりと。けだし彼に不平なきに非るもその不平は国体の上における大不平にして衣食住に関する小不平に・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ぼくは人を軽べつするかそうでなければ妬むことしかできないやつらはいちばん卑怯なものだと思う。ぼくのように働いている仲間よ、仲間よ、ぼくたちはこんな卑怯さを世界から無くしてしまおうでないか。一九二五、四月一日 火曜日 晴・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ この作品が、日本の今日の映画製作の水準において高いものであることは誰しも異議ないところであろうと思う。一般に好評であるのは当然である。けれども、この次の作品に期待される発展のために希望するところが全くない訳ではない。 溝口健二は、・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・その中にも百姓の強壮な肺の臓から発する哄然たる笑声がおりおり高く起こるかと思うとおりおりまた、とある家の垣根に固く繋いである牝牛の長く呼ばわる声が別段に高く聞こえる。廐の臭いや牛乳の臭いや、枯れ草の臭い、及び汗の臭いが相和して、百姓に特有な・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・と暑くなる日だな」と思う。木村の借家から電車の停留場まで七八町ある。それを歩いて行くと、涼しいと思って門口を出ても、行き着くまでに汗になる。その事を思ったのである。 縁側に出て顔を洗いながら、今朝急いで課長に出すはずの書類のあることを思・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・そしてあの小さい綺麗な女房がまたパンの皮を晩食にするかと思うと、気の毒でならなかった。ところがその心持を女房に知らせたくないので、女房をどなり附けた。「あたりめえよ。銭がありゃあ皆手めえが無駄遣いをしてしまうのだ。ずべら女めが。」 ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫