・・・石段を攀じた境内の桜のもと、分けて鐘楼の礎のあたりには、高山植物として、こうした町近くにはほとんどみだされないと称うる処の、梅鉢草が不思議に咲く。と言伝えて、申すまでもなく、学者が見ても、ただ心ある大人が見ても、類は違うであろうけれども、五・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・殆ど思議すべからざる事実に逢着し得たのである。しかしこの伝統もまた三月九日の夜を名残りとして今は全く湮滅してしまったのであろう。 ○ この夜吉原の深夜に見聞した事の中には、今なお忘れ得ぬものが少くなかった。・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・続いて、上を偽る横着物の所為ではないかと思議した。それから一応の処置を考えた。太郎兵衛は明日の夕方までさらすことになっている。刑を執行するまでには、まだ時がある。それまでに願書を受理しようとも、すまいとも、同役に相談し、上役に伺うこともでき・・・ 森鴎外 「最後の一句」
出典:青空文庫