・・・新しい日本というものの目安からごく概念的に一方的に下される過去の文学への批判の性質を噛みわけて文学の問題として摂取成長してゆくより先、作家というものの文化的存在の可能不可能、ひいてはたつきの問題へ性急に迫って現れて、そこで作品とは切りはなれ・・・ 宮本百合子 「昭和十五年度の文学様相」
・・・そこで、やや性急に自分たちのバクー行となったのである。 二 バクーへ着いて見て、自分たちは些かこれはしまったと思った。普通の暦でその日は金曜日に当ったからすぐ「アズ石油」へ行って油田を見せて貰えるつもりでい・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・単純なものが俄に複雑な事象に面してどのような混乱に陥り、性急に陥るか。性格は動くものだ。過去によってつくられているが、やはり生活の刻々のうちに未来に向ってつくりつつあるものであろう。 日本的な性格の特徴を肯定するとき、それと対照的な性格・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・熱中して性急に話すにつれて、その主張をききての心の中へ刺しこもうとするように動き出す右の手と人さし指の独特な表情。引きしまって、ぼやついたところのない音声と、南方風なきれの大きい眦。話につれて閃く白眼。その顔のすべての曲線が勁く、緊張してい・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・日本近代社会がその推移の過程で引き裂いた文化面のこの無惨な亀裂を今日性急に主観的にとび越え、埋めようとするところから、或る意味では従来の反動として、市民的日常性への無条件降服のきざしが作家の間に生じている。この傾向は、特に、日本の文化が置か・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・だが私達のサークル活動が、工場・農村のメーデー行進へ性急にひきずり込むためにのみなされて、広汎なサークル活動をおろそかにするようなことがあっては、勿論絶対にいけない。〔一九三二年四月〕 宮本百合子 「メーデーに備えろ」
・・・理性擁護の行動そのものがもし万一にも性急で持久性を欠くならば、そのような行動の方式は、理性の本質にとって適切でないというリアリティーによって、われわれは思いしらされなければならないでしょう。 幾千の若い僚友よ わたくしは、こんに・・・ 宮本百合子 「若き僚友に」
・・・しかし性急な変で、今晩何処で逢おうとなっては、郵便は駄目である。そんな時に電報を打つ人もあるかも知れない。これは少し牛刀鶏を割く嫌がある。その上厳めしい配達の為方が殺風景である。そういう時には走使が欲しいに違ない。会杜の徽章の附いた帽を被っ・・・ 森鴎外 「独身」
・・・ 農婦は性急な泣き声でそういう中に、早や泣き出した。が、涙も拭かず、往還の中央に突き立っていてから、街の方へすたすたと歩き始めた。「二番が出るぞ。」 猫背の馭者は将棋盤を見詰めたまま農婦にいった。農婦は歩みを停めると、くるりと向・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫