・・・これは勿論一つには、彼の蒲柳の体質が一切の不摂生を許さなかったからもありましょうが、また一つには彼の性情が、どちらかと云うと唯物的な当時の風潮とは正反対に、人一倍純粋な理想的傾向を帯びていたので、自然と孤独に甘んじるような境涯に置かれてしま・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・なった動機は貧困のためか、彼女自身の性情のためか、どちらか未に判然しない。蟹の長男は父の没後、新聞雑誌の用語を使うと、「飜然と心を改めた。」今は何でもある株屋の番頭か何かしていると云う。この蟹はある時自分の穴へ、同類の肉を食うために、怪我を・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・そして何事もずばずばとは言い切らないで、じっとひとりで胸の中に湛えているような性情にある憐れみさえを感じているのだ。彼はそうした気持ちが父から直接に彼の心の中に流れこむのを覚えた。彼ももどかしく不愉快だった。しかし父と彼との間隔があまりに隔・・・ 有島武郎 「親子」
・・・死んだ細君から結核を伝えられたU氏があの理智的な性情を有ちながら、天理教を信じて、その御祈祷で病気を癒そうとしたその心持を考えると、私はたまらなくなる。薬がきくものか祈祷がきくものかそれは知らない。然しU氏は医者の薬が飲みたかったのだ。然し・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・また一方はその性情が全く非古典的である上に、無神経と思われるまでも心の荒んだ売女の姿だ。この二つが、まわり燈籠のように僕の心の目にかわるがわる映って来るのである。 一方は、燃ゆるがごとき新情想を多能多才の器に包み、一生の寂しみをうち籠め・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 但し富岡老人に話されるには余程よき機会を見て貰いたい、無暗に急ぐと却て失敗する、この辺は貴所に於て決して遺漏はないと信ずるが、元来老先生といえども人並の性情を有っておるから了解ることは能く了解る人である。ただその資質に一点我慢強いとこ・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・むろんこれは西国立志編の感化でもあろう、けれども一つには彼の性情が祖父に似ているからだと思われる。彼の祖父の非凡な人であったことを今ここで詳しく話すことはできないが、その一つをいえば真書太閤記三百巻を写すに十年計画を立ててついにみごと写しお・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・その日はそこでご馳走になって、種々と小林君の話を聞き、また一面萩原君の性情をも観察した。 女たちのほうの観察をもう少ししたいと思ったけれど、どうもそのほうは誰も遠慮して話してくれない。それに、その女たちにも会う機会がない。遺憾だとは思っ・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・ただ少しばかり現実の可能性を延長した環境条件の中に、少しばかり人間の性情のある部分を変形し、あるいは誇張し、あるいは剪除して作った人造人間を投入して、そうして何事が起こるかを見ようとするのである。ジュリアンの「ほんとうの話」の大法螺でも、夢・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・なんだか自分の性情にまで、著しい変化の起った事は、自分でもよくわかったし、友達などもそう云っていた。しかし、それはただ表面に現われた性行の変りに過ぎぬので、生れ付き消極的な性質は何処までも変らぬ。それでなければ今頃こんな消極的な俗吏になって・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
出典:青空文庫