・・・が、彼は反って私の怪しむのを不審がりながら、彼ばかりでなく彼の細君も至極健康だと答えるのです。そう云われて見れば、成程一年ばかりの間に、いくら『愛のある結婚』をしたからと云って、急に彼の性情が変化する筈もないと思いましたから、それぎり私も別・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・当時の恒藤に数篇の詩あるも、亦怪しむを要せざるべし。その一篇に云う。かみはつねにうゑにみてりいのちのみをそのにまきてみのれるときむさぼりくふかみのうゑのゆゑによりてかみのみなをほめたたふやはかなきみをむすべるもの・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・と、そのとき、三人の中一人が、自分の耳を怪しむように、大きな声で聞き返しました。「そうだ。幸福の島に長い間、住んでいたかと聞くのだ。」と、群集の中から一人が答えました。「ばかにするのか? 地獄から、やっと逃げ出してきた俺たちに向かっ・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・と私も怪しむと、「なあにね、いろんな事を考えこんでしまって、変な気持になったのさ。」と苦笑いをして、「君は幾歳だったっけね。」「十九です。」「じゃ来年は二十だ。私なんかそのころはもう旅から旅を渡り歩いていた。君はそれで、家も・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ * * * * 若い者のにわかに消えてなくなる、このごろはその幾人というを知らず大概は軍夫と定まりおれば、吉次もその一人ぞと怪しむ者なく三角餅の茶店のうわさも七十五・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・「乞食の子を家に入れしは何ゆえぞ解しがたしと怪しむものすくなからず、独りはあまりに淋しければにや」「さなり」「紀州ならずとも、ともに住むほどの子島にも浦にも求めんにはかならずあるべきに」「げにしかり」と老婦口を入れて源叔父の・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・だから、そのなかに、日本ブルジョアジーの特色の一つをなす、軍事的性質が反映しているのは、怪しむに足りない。 国木田独歩は、明治二十七八年の戦争の際、国民新聞の従軍記者として軍艦千代田に乗組んでいた。その従軍通信のはじめの方に、「余に・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ 見よ其裁判の曖昧なる其処分の乱暴なる、其間に起れる流説の奇怪にして醜悪なる、世人をして殆ど仏国の陸軍部内は唯だ悪人と痴漢とを以て充満せらるるかを疑わしめたり。怪しむ勿き也。軍隊の組織は悪人をして其凶暴を逞しくせしむること、他の社会より・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・だから旦那がその時、その年増のひと、秋ちゃん、といいますが、そのひとに連れられて裏の勝手口からこっそりはいって来ても、別に私どもも怪しむ事なく、れいのとおり、奥の六畳間に上げて、焼酎を出しました。大谷さんは、その晩はおとなしく飲んで、お勘定・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・博識の人が、おのれの知識を機会ある毎に、のこりなく開陳するというのは、極めて自然の事で、少しも怪しむに及ばぬ筈であるが、世の中は、おかしなもので、自己の知っている事の十分の一以上を発表すると、その発表者を物知りぶるといって非難する。ぶるので・・・ 太宰治 「佳日」
出典:青空文庫