・・・その時、今でも覚えている、俺はワッと声をあげて泣けるものなら、子供よりもモッと大声を上げて、恥知らずに泣いてしまいたかった。 しばらくして、赤い着物をきた雑役が、色々な「世帯道具」――その雑役はそんなことを云った――を運んできてくれた。・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 世のおとなたちは、織田君の死に就いて、自重が足りなかったとか何とか、したり顔の批判を与えるかも知れないが、そんな恥知らずの事はもう言うな! きのう読んだ辰野氏のセナンクウルの紹介文の中に、次のようなセナンクウルの言葉が録されてあっ・・・ 太宰治 「織田君の死」
・・・私は、仲間を裏切りそのうえ生きて居れるほどの恥知らずではなかった。私は、私を思って呉れていた有夫の女と情死を行った。女を拒むことができなかったからである。そののち、私は、現在の妻を迎えた。結婚前の約束を守ったまでのことである。私、十九歳より・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 女に対して常に自信満々の田島ともあろう者が、こんな乱暴な恥知らずの、エゲツない攻略の仕方を考えつくとは、よっぽど、かれ、どうかしている。あまりに、キヌ子にむだ使いされたので、狂うような気持になっているのかも知れない。色慾のつつしむべき・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・この説に就いては、なお長年月をかけて考えてみたいと思っているが、小説家というものは恥知らずの愚者だという事だけは、考えるまでもなく、まず決定的なものらしい。昨年の暮に故郷の老母が死んだので、私は十年振りに帰郷して、その時、故郷の長兄に、死ぬ・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・そして私は何と云う恥知らずだったろう。 私はビール箱の衝立の向うへ行った。そこに彼女は以前のようにして臥ていた。 今は彼女の体の上には浴衣がかけてあった。彼女は眠ってるのだろう。眼を閉じていた。 私は淫売婦の代りに殉教者を見た。・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ずいぶんお前も恥知らずだな。お前とおれでは、よっぽど人格がちがうんだよ。たとえばおれは、青いそらをどこまででも飛んで行く。おまえは、曇ってうすぐらい日か、夜でなくちゃ、出て来ない。それから、おれのくちばしやつめを見ろ。そして、よくお前のとく・・・ 宮沢賢治 「よだかの星」
・・・似非学者、似非作家、似非インテリゲンツィアの恥知らずな戦争協力にたいして、声に出せない眼をきつく働かして、それに反撥し、それを非難していた人々も、知識人の中には数が少くないのであった。 ところで、一九四五年八月以後、民主主義化が日本の課・・・ 宮本百合子 「誰のために」
・・・その妻も、文学の活動について同じような困難に面しながら、心からその良人の立場を支持し、その肉体と精神とを可能な限り健全な、柔軟性にとんだものとして護ろうとして、野蛮で、恥知らずな検閲の不自由をかいくぐりつつ話題の明るさと、ひろさと、獄外で推・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・ ゴーリキイの心を更に苦しめ、腹立たしくするのは、女客に対する店じゅうの者の恥知らずな蔭日向であった。黒毛皮の外套の素晴らしい美しい女が店へ入って来る。主人、番頭、サーシャ「三人が三人とも、鬼の子みたいに店を駆け廻り」あたりのものが燃え・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫