・・・いや、またお一どのの指環を銜えたのが悪ければ、晴上がった雨も悪し、ほかほかとした陽気も悪し、虹も悪い、と云わねばならぬ。雨や陽気がよくないからとて、どうするものだ。得ての、空の美しい虹の立つ時は、地にも綺麗な花が咲くよ。芍薬か、牡丹か、菊か・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・私ならぐうの音も出させやしないと、まあ、そう思ったもんだから、ちっとも言分は立たないし、跋も悪しで、あっちゃアお仲さんにまかしておいて、お前さんを探して来たんだがね。 逢って見ると、どうして、やっぱり千ちゃんだ、だってこの様子で密通も何・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・「どうでしょうか、此方様にも御存じはなしさ、ただ好い女だって途中で聞いて来たもんだから、どうぞ悪しからず。」「どう致しまして、憚様。」 と言ったばかり、ちょいと言葉が途絶えましたから、小宮山は思い出したように、「何と云うのだ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・月末の払いが不足する時などは、借金をするんも胸くそ悪し、いッそ子供を抱いたまま、湖水へでも沈んでしまおか思うことがある。」 こういう話を聴きながら、僕はいつの間にか寝入ってしまったが、酔いの覚めて行くに従って、目も覚めて来て、再び眠られ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 現に拙者が貴所の希望に就き先生を訪うた日などは、先生の梅子嬢を罵る大声が門の外まで聞えた位で、拙者は機会悪しと見、直に引返えしたが、倉蔵の話に依ればその頃先生はあの秘蔵子なるあの温順なる梅子嬢をすら頭ごなしに叱飛していたとのことである・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・を話すと、叔母の顔は見る見る恐ろしくなって、その塩鯖の※包む間も無く朝早く目が覚めると、平生の通り朝食の仕度にと掛ったが、その間々にそろりそろりと雁坂越の準備をはじめて、重たいほどに腫れた我が顔の心地悪しさをも苦にぜず、団飯から脚ごしらえの・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ 故に、短命なる死、不自然なる死ということは、かならずしも嫌悪し、哀弔すべきではない。もし死に、嫌悪し、哀弔すべきものがあるとすれば、それは、多くの不慮の死、覚悟なきの死、安心なき死、諸種の妄執・愛着をたちえぬことからする心中の憂悶や、・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・自分の才能を、全人格を厭悪した。作品の裏のモオパスサンの憂鬱と懊悩は、一流である。気が狂った。そこにモオパスサンの毅然たる男性が在る。男は、女になれるものではない。女装することは、できる。これは、皆やっている。ドストエフスキイなど、毛臑まる・・・ 太宰治 「女人創造」
・・・美きものを美しと言い、悪しきものを悪しという。それも嘘であった。だいいち美きものを美しと言いだす心に嘘があろう。あれも汚い、これも汚い、と三郎は毎夜ねむられぬ苦しみをした。三郎はやがてひとつの態度を見つけた。無意志無感動の痴呆の態度であった・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・婦人の性質粗野にして根性悪しく、夫の父母に対して礼儀なく不人情ならば離縁も然る可し。第二子なき女は去ると言う。実に謂われもなき口実なり。夫婦の間に子なき其原因は、男子に在るか女子に在るか、是れは生理上解剖上精神上病理上の問題にして、今日進歩・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫