・・・題詠必ずしも悪しとに非ず、写実必ずしも善しとに非ず。されど今日までの歌界の実際を見るに題詠に善き歌少くして写実に俗なる歌少し。曙覧が実地に写したる歌の中に飛騨の鉱山を詠めるがごときはことに珍しきものなり。日の光いたらぬ山の洞のうちに・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ きょうより考えれば、あれほど残虐非道な治安維持法を嫌悪し、恐怖し、抵抗を感じるのは、当然だったと思う。人間なら、ああいう非人間的暴力には精神的にも肉体的にも堪えがたいと感じるのはむしろ自然である。しかし、こんにちの私たちにとって、一つ・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・ 他人の事を悪し様に云い、一寸したものをちょろまかさない位の農民は、大抵この男の様な様子をして話すものである。 菊太は沈黙の間に話の順序を組たてるのである。出来るだけ哀れっぽく、哀願的に聞える様に苦心するのである。 考えて居る間・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・スープをひっくりかえして火傷をする程、ゴーリキイはその靴屋の小僧という境遇、奇妙な従兄のサーシャを嫌悪し逃亡を欲したのであった。 後年ゴーリキイは、「人々の中」で、この插話の思い出を非常に色濃く、感情をこめ、ディッケンズの俤を浮ばしめる・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・「メエルハイムはおん身が友なり。悪しといわば弁護もやしたまわん。否、われとてもその直なる心を知り、貌にくからぬを見る目なきにあらねど、年ごろつきあいしすえ、わが胸にうずみ火ほどのあたたまりもできず。ただいとうにはゆるは彼方の親切にて、ふ・・・ 森鴎外 「文づかい」
出典:青空文庫