・・・少なくとも、小説的な情調のもとに、それを読みえなかった自分にはそういう興味はなかった。そこが前にあげたフランスの二作家と違うところで、そこがまた彼らよりも散文的な自分をして、彼らの例にならって、その手紙をこの話の中心として、一字残らず写さし・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ 徳川時代というものの中で眺める馬琴というような作家は、同時代の庶民的情調に立つ軟文学の気風に対して、教養派のくみであったろうが、馬琴の芸術家としての教養の実体はモラルとしての儒教に支那伝奇小説の翻案的架空性を加えたものが本道をなしてい・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・ 薔薇液を身に浴び、華奢な寛衣をまとい、寝起きの珈琲を啜りながら、跪拝するバガボンドに流眄をする女は、決して、その情調を一個の芸術家として味って居るのではございません。 こちらの婦人の華美と、果を知らぬ奢沢は、美そのものに憧れるので・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・余技のように作品を書いて来ていて、初めの頃は異国情調や宗教的色彩の濃いロマンティシズムに立つ作品であったという人が、一九三四年七月の『文学』にこの「春桃」を発表した。 新しい中国の知識人として、彼が享けた西欧の教養が、初めは漫然とヨーロ・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・彼はよみ物提供の種をさがしに、異国情調、国際的背景を求めてハルビンへ出かけていた。すると、奉天のパチパチが起って、あの辺一帯が大騒ぎになった。 異国情調を求めて来ていた群司次郎正は一躍、「ハルビン脱出記」の筆者となった。文中何というかと・・・ 宮本百合子 「プロレタリア文学における国際的主題について」
・・・日本人のまんまさすらい廻って巴里でのように皮膚黄色き異国情調を売っておられぬ。英語の夢でうなされなくなった時、下宿の晩餐にいちいち襟飾を代えて出るのが面倒くさくなくなった時、頭の蓋を一寸開けてなかを見せて呉れ。彼は英国を理解しているばかりで・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・「文芸には情調というものがある。情調は situation の上に成り立つ。しかし indfinissable なものである。木村の関係している雑誌に出ている作品には、どれにも情調がない。木村自己のものにも情調がないようである。」 ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ここではパートの崩壊、積重、綜合の排列情調の動揺若くはその突感の差異分裂の顫動度合の対立的要素から感覚が閃き出し、主観は語られずに感覚となって整頓せられ爆発する。時として感覚派の多くの作品は古き頭脳の評者から「拵えもの」なる貶称を冠せられる・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・彼は確実性の代わりに不安定をもって、力の代わりに予感をもって、形の代わりに影をもって、思想の代わりに情調をもって、何者かをほのめかす。彼は実をもって人に迫らずに虚をもって人を釣るのである。彼が偉いか偉くないか、私は知らない。 私は彼に悩・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・彼らは胸に沁み入る静かな愛の代わりに、感覚を揺り動かす騒々しい情調を欲した。こうして私はただひとり取り残された。私の愛は心の奥に秘められて、ついに出ることができなかった。 この隙に第二の理由が匐い込んだ。私の内の Aesthet はそこ・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫