・・・彼はただ、春風の底に一脈の氷冷の気を感じて、何となく不愉快になっただけである。 しかし、内蔵助の笑わなかったのは、格別二人の注意を惹かなかったらしい。いや、人の好い藤左衛門の如きは、彼自身にとってこの話が興味あるように、内蔵助にとっても・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・芸術上の仕事をしたら自分としてはさぞ愉快だろうと思うことさえある。しかしながら自分の内部的要求は私をして違った道を採らしている」と。これでここに必要な二人の会話のだいたいはほぼ尽きているのだが、その後また河上氏に対面した時、氏は笑いながら「・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
一 愉快いな、愉快いな、お天気が悪くって外へ出て遊べなくっても可いや、笠を着て、蓑を着て、雨の降るなかをびしょびしょ濡れながら、橋の上を渡って行くのは猪だ。 菅笠を目深に被って、※ッて、せッついても・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・晩食には湖水でとれた鯉の洗いを馳走してくれ、美人の唇もむろん昼ほどは固くなく、予は愉快な夢を見たあとのような思いで陶然として寝についた。 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・きのうもゆう方、君が来て呉れるというハガキを見てから、それをほところに入れたまま、ぶらぶら営所の近所まで散歩して見たんやけど、琵琶湖のふちを歩いとる方がどれほど愉快か知れん。あの狭い練兵場で、毎日、毎日、朝から晩まで、立てとか、すわれとか、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・沈毅な二葉亭の重々しい音声と、こうした真剣な話に伴うシンミリした気分とに極めて不調和な下司な女の軽い上調子が虫唾が走るほど堪らなく不愉快だった。 十二時近くこの白粉の女が来て、「最う臥せりますからお床を伸べましょうか、」といった。遅いと・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・それゆえにわれわれがこの考えをもってみますと、われわれに邪魔のあるのはもっとも愉快なことであります。邪魔があればあるほどわれわれの事業ができる。勇ましい生涯と事業を後世に遺すことができる。とにかく反対があればあるほど面白い。われわれに友達が・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・それから一発一発と打つたびに、わたくしは自分で自分を引き裂くような愉快を味わいました。この心の臓は、元は夫と子供の側で、セコンドのように打っていて、時を過ごして来たものでございます。それが今は数知れぬ弾丸に打ち抜かれています。こんなになった・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・このままこの国に朽ちてしまって土となるよりは、生まれ変わって幸福の島へゆくことがどれほど楽しい愉快なことであるかしれなかったからです。 そして、海の中に身を投げて死ぬほどの勇気もなく、いたずらに、醜く年を取って木の枯れるように死んでしま・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
一 またしても大阪の話である。が、大阪の話は書きにくい。大阪の最近のことで書きたいような愉快な話は殆んどない。よしんばあっても、さし障りがあって書けない。「音に聴く大阪の闇市風景」などという注文に応じて・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
出典:青空文庫