・・・すると彼の馬の脚の蒙古の空気を感ずるが早いか、たちまち躍ったり跳ねたりし出したのはむしろ当然ではないであろうか? かつまた当時は塞外の馬の必死に交尾を求めながら、縦横に駈けまわる時期である。して見れば彼の馬の脚がじっとしているのに忍びなかっ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・その手に感ずる暖いなめらかな触感はクララの愛欲を火のようにした。クララは抱きしめて思い存分いとしがってやりたくなって半身を起して乗しかかった。同時にその場合の大事がクララを思いとどまらした。クララは肱をついて半分身を起したままで、アグネスを・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・しかしそれだけでは自分の喜びと、自分の恩に感ずる心とを表わすことが出来ぬと思った。それでふいと思い出したことがある。それは昔余所の犬のするのを見て、今までは永く忘れて居たことであった。クサカはそれをやる気になって、飛びあがって、翻筋斗をして・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・同じ町内に同じ名の人が五人も十人もあった時、それによって我々の感ずる不便はどれだけであるか。その不便からだけでも、我々は今我々の思想そのものを統一するとともに、またその名にも整理を加える必要があるのである。 見よ、花袋氏、藤村氏、天渓氏・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ が、ただここに、あらゆる罪科、一切の制裁の中に、私が最も苦痛を感ずるのは、この革鞄と、袖と、令嬢とともに、私が連れられて、膝行して当日の婿君の前に参る事です。 絞罪より、斬首より、その極刑をお撰びなさるが宜しい。 途中、田畝道・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・目のさきからじきに山すそに連続した、三、四里もある草木あるいは石の原などをひと目に見わたすと、すべての光景がどうしてもまぼろしのごとく感ずる。 予はふかくこの夢幻の感じに酔うて、河口湖畔の舟津へいでた。舟津の家なみや人のゆききや、馬のゆ・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・一体椿岳が博覧会に出品するというは奇妙に感ずるが、性来珍らし物好きであったから画名を売るよりは博覧会が珍らしかったのである。俺は貧乏人だから絹が買えないといって、寒冷紗の裏へ黄土を塗って地獄変相図を極彩色で描いた。尤も極彩色といっても泥画の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そして、母と子の愛は、男と女の愛よりも更に尊く、自然であり、別の意味に於て光輝のあるもののように感ずる。 私は多くの不良少年の事実に就いては知らないが、自分の家に来た下女、又は知っている人間の例に就いて考えて見れば、母親の所謂しっかりし・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
秋という字の下に心をつけて、愁と読ませるのは、誰がそうしたのか、いみじくも考えたと思う。まことにもの想う人は、季節の移りかわりを敏感に感ずるなかにも、わけていわゆる秋のけはいの立ちそめるのを、ひと一倍しみじみと感ずることであろう。・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・―― そして吉田は自分は今はこんな田舎にいてたまにそんなことをきくから、いかにもそれを顕著に感ずるが、自分がいた二年間という間もやはりそれと同じように、そんな話が実に数知れず起こっては消えていたんだということを思わざるを得ないのだった。・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
出典:青空文庫