・・・生活を、生活の感触を、溺愛いたします。女が、お茶碗や、きれいな柄の着物を愛するのは、それだけが、ほんとうの生き甲斐だからでございます。刻々の動きが、それがそのまま生きていることの目的なのです。他に、何が要りましょう。高いリアリズムが、女のこ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・逆に言えば陶器の肌の感触には生きた肉の感じに似たものがある。ある意味において陶器の翫賞はエロチシズムの一変形であるのかもしれない。 青磁の徳利にすすきと桔梗でも生けると実にさびしい秋の感覚がにじんだ。あまりにさびしすぎて困るかもしれない・・・ 寺田寅彦 「青磁のモンタージュ」
・・・という題は、これに比べて濡れたガラスの面にさわるような感触を与える。外囲の或る条件のもとに自然物としての生物は変化する、その変化を客観的に観察する、生態学となそうというのであろう。――だが、人間はそして青年学生はほかの自然物としての生物には・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・斯うやっていても、耕地の土の匂い裸足で踏む雑草の感触がまざまざと皮膚に甦って来る。――子供の時分は愉しかった。私が裸足で百姓の後にくっついて畑から畑へと歩き廻っても、百姓は気楽に私に戯談を云い彼の鍬を振った。どんな農家の土間を覗きこんで「そ・・・ 宮本百合子 「素朴な庭」
・・・の半片でも、人間が受けている、或は受けなければならない苦難を知ると、その一点を中心として四囲に発散している種々の光彩を見、感じる事が出来るように成るのではあるまいか、私の魂が粗野で、先頃までは鈍かった感触が此頃漸々有るべき発育を遂げたらしい・・・ 宮本百合子 「追慕」
・・・重くてつるつるとしたその絹服の感触が幸治たちの生活の感覚をひっぱっているようで、いじっている気がしなくなったのであった。 多喜子は腕時計を見て、椅子をおり、台所からもう一つ同じような三徳をもって来た。茶の間の火鉢からおこっている炭団をう・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・「一足さわった芳江の皮膚の柔らかな感触だけが」「強くさし閃いているのを感じると、触覚ばかりを頼りに生きている生物の真実さが、何より有難いこの世の実物の手応えだと思われて、今さら子供の生れて来た秘密の奥も覗かれた気楽さに立ち戻り、又ごろりと手・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・柔らかい若葉の豊かな湧き上がるような感触は、――ただこの感触の一点だけは、――油絵の具をもって現わし難いところを現わし得ているように思われる。また川端氏の画と違って光や空気に対する注意も幾分か現わされているようである。しかし若葉を緑色の塊と・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・ が、この時の驚嘆の情は、ただ自然物としての蓮の花の形や感触によってのみ惹き起こされたのではなかった。蓮の花の担っている象徴的な意義が、この花の感覚的な美しさを通じて、猛然と襲いかかって来たのである。われわれの祖先が蓮花によって浄土の幻・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
・・・おほどかに日のてりかげるげんげん田花をつむにもあらず女児らさきだつは姉か蓮華の田に降りてか行きかく行く十歳下三人という一連の歌などは、ほとんど強い酒のように、わたくしを蓮華草の花の匂いや感触や、ふくふくと生い茂った葉の肌ざわり・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫